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因果応報 [哲学かぃ?の話]

子は親の背中を見て育つというのは

理論で よ~く わかる

でも

親は子に

自分の味わった辛さを与えないために

子の将来をイメージして

道を拓くアドバイスをしたり 支えているつもり

なのに

なぜ

こんな稀な出来事が

どうしてこんなにも

廻り来るのか?? 

呼びよせているのか?????

 

今となっては

私が母親として見せてきた後ろ姿を

心から悔む

この苦しみは徳なのだと自己陶酔していたバカな年月を消して

自己中心の悦びを求める人生を送っていたなら

子は何の迷いもなく自分の人生を歩めただろうに

そう思う

 

私が過去

親に心配を掛けるまいと、ひとりで堪えた時間は

結局 親にしてみると 

なぜ知らせてくれなかった?という悲しみになった

だから今 私は

親に与えた悲しみと自ら進んだ人生の業のすべてを

自分よりも大切な者の身を通して

反芻(はんすう)するように学ばされているのだろう

 

ずいぶん前にあの田中真紀子さんが涙ぐみながら言っていたなぁ

「一生懸命(仕事)しているんですけれどねぇ」

彼女から感じる戦車のような勢いや機関銃のように迫力のある声とは違う

ふっっ と漏れた弱々しい

人には見えない部分の苦悩

「一生懸命やっているんですけれどねぇ・・・」 

 

人には見せないけれど

本当に よく頑張っているよね 優香

よく周りを感じて、どーんとした男でいてくれているよ賢治

 

「今夜は眠れない」 「夢にも思わない」 宮部みゆきさんの作品名が頭に浮かぶ

くろすふぁいぁーーー

かなり私の頭が混乱しているようなので(笑)

おしまい

楽しい週末を[手(チョキ)]


こころの容量 [哲学かぃ?の話]

[病院]へ行き
賢治の薬をまた少しだけ減量することになりました。
少しずつ
少しずつ
それで良い[ぴかぴか(新しい)]
賢治
あなたは本当に凄い 私の人生の師だと思う
思うようにはならない人生でも
あきらめずに 少しずつ 少しずつ
車中憂う僕.jpg

                    [ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]

ふと 立ち読みした本に[本]
「肉体に限界があるように、こころにも限界がある」と書いてあった。
何しろ立ち読みだったので[あせあせ(飛び散る汗)]
正確な文は憶えていない[あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)]
こころは鍛錬次第で強くなれるはず と思い込んでいた私は
無意識にいつも自分を責めていた


[本]をパラパラと流し読んだ
それだけでも惹かれる[ひらめき]文が数多くあった

是非 ブックオフで探したいと思う(決して定価で本を買わないセコイ私)[手(チョキ)]

「消えてしまいたいと思う」
この文にも驚いた

以前私もこのブログに書いた
~ この世界から 
   今 私ひとりくらいがいなくなっても
   全然大丈夫
   消えてしまいたい。。。消えてしまえるかも。。。~

札幌大通りの交差点[信号][車(セダン)][車(RV)][バス][信号]
多くの人が[トイレ][トイレ][トイレ][トイレ][トイレ][トイレ]行き交う中でそう思ったことを思い出した

そして最後にハッ[むかっ(怒り)]とした文は
本当に 自分を消してしまえるかどうか の境目は
「ずるさ」にある
と書いてあった
自分の苦しみを人につたえて、そこから逃げられる「ずるさ」

私には この「ずるい私」がいるんだ[手(パー)]
ブログに書いたり[メモ]
誰かに話したり[phone to]

だから
決して消えない

「もっと強くなれ」
「神経を太く持て」
「過去を悔むは愚かなり」
「もっと辛い人がいる現実を知れ」
「すべての失敗は己の愚かな判断の結果」
そう私を躾けた人はとても『強い』
そう『強く』在れる人も確かにいるようだ

でも私は
「強くなれ」と言われるたびに
どんどん弱くなる自分を感じていた
でも私は
「逃げられる自分」も持っていた

皮肉なことに
潔く正しく強く生きろ! との教えは
逃げる手段を知るずるい人間を作り
結果
私は今こうして生きて行けている

ちいさくて ずるい私で良かったのかもしれない
頑張りすぎないで
弱くても恥じないで
ありのままの自分を愛したいと
心から思った

私は
愚か だから弱いんじゃない!
忍耐力 が足りなくて弱いんじゃない!
ワガママ だから弱いんじゃない!
私は
精一杯生きているから 弱いんだよ(^_-)-☆ 

ホルモンのせいなのか(そんなお年頃[たらーっ(汗)])
こころの病気なのか[どんっ(衝撃)]
私は時々 とてもとても 弱くなる[バッド(下向き矢印)]
自分は今とても弱くなっていると自覚もしている

「今日の美津子は不安定だから、こんな時に深刻な話しはしない方が良い」
と言う人に
このごろ 私はこう言えるようになった
「普段は
私の こころの容量内 で
すべてを消化している
自分ひとりで消化できる
だから誰にも話さない
でも
私が自分のこころを素直に表せるのは
弱っている今この時だけ
だから敢えて話したいの」

ちっぽけな けれど ただひとつの存在 [哲学かぃ?の話]

お月さま.jpg

よのなか
よいこと[かわいい]
また
そうではないこと[爆弾]
[グッド(上向き矢印)][バッド(下向き矢印)][ぴかぴか(新しい)][手(チョキ)][がく~(落胆した顔)]あんびりばぼーー[どんっ(衝撃)][るんるん][揺れるハート][ふらふら][キスマーク]
なことが
おこったりするもので

      [ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]
ここから月[満月]を見上げる日はたいてい
この夜空を[夜]たどると
ロンドンの真昼の空[晴れ]につながっている
そんなイメージをしながら
ちっぽけな私[雪]
けれど たったひとつの存在なのだと
自分自身に言い聞かせている


もしかして
こんなちっぽけな自分
ここから そっと 消えても
何も変わらないんじゃないかと
[トイレ][トイレ][トイレ][トイレ][トイレ][犬][猫][犬][猫][トイレ][トイレ][トイレ]
人ごみの中で ふと 思ってしまった時
人々を見る  しっかりと見る[目]
行き交う人の中に
私はいない
ちっぽけな私[雪]
けれど たったひとつの存在なのだ


友人が病に倒れ
この2、3日が運命を分けると 突然の知らせが届いた

清らかな感性を持ち
惜しみなく皆に愛を与える 美しい彼女の回復を
心から祈った
想いは必ず届くと信じて祈った

私はあの夜にこの月を撮っていた

あなたは この世で ただひとりの
大切な存在

やがて本人から
「やったー」のメールが届いた[mail to]
彼女は打ち勝ったのだ[手(チョキ)]

もしかして私は
痛いほど[ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]を感じて生きているのかもしれない

[ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]の大きさと
ちっぽけと感じてしまう自分[雪]との隙間に
何かの不安が入り込んだときは
また
夜空を見て
ちっぽけな自分を認めながら
周りの 多くの愛を思い出そう

あんなに怯えた日々の終結は
ジョークのような事実だった[あせあせ(飛び散る汗)]

ちっぽけな私は
笑えるほど愚かで 弱くて 単純で
それでも
たったひとつの 大切な存在だと
私が知ってあげよう




ところで
さっきのすごい雷[雷]は何だったのかしら??

こんな夜
やはり賢治は寝ない[たらーっ(汗)]・・・・・・・・・・・・(-"-)


昼間の賢治は 良い感じの賢治
(^O^)賢2.jpg

遊びます
(^O^)賢1.jpg

夜の賢治は・・・・・
① 寝たくない らしい
(TT)賢1.jpg

② こんなにも寝たくない らしい

(TT)賢2.jpg

③ やっと寝たので ホッ[いい気分(温泉)]としていたら
寝た.jpg

はい
①に戻ります

そーーして朝が来る
[晴れ] これは 避けたい
どーか ③ のシーンで朝を迎えられますように と願う[ぴかぴか(新しい)]


感傷に浸る間が無いことも
また
ひとつの救いかもしれない(笑)









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トラウマって??言うのかしら??? [哲学かぃ?の話]

友人は閉所恐怖症で
CT撮影機に頭を突っ込むのが怖い と言う[天秤座]

動物恐怖症[犬][猫]の知人は、スズメを見ても怖いと言っていた。

私の母は高所恐怖症で
高いところに立つとトイレ[トイレ]に行きたくなると言う(んーーわかるような[あせあせ(飛び散る汗)]なんかな[たらーっ(汗)]
そーいう私も24歳頃から急に高所恐怖症になった
だから札幌の音楽コンサートホール『Kitara』大ホールの安い方の席は私には断崖絶壁にあるように思えて(笑)とても座れない。
厚生年金会館の上の席も うぉ~下に吸い込まれる( ̄O ̄;)誰か私をロープで引き上げて[iモード][右斜め上]
それで・・・音楽的なこだわりではなくて[あせあせ(飛び散る汗)]・・・そんな事情で[遊園地]私はお高い(高価)[ふくろ]席にしか座れないんです[たらーっ(汗)]

高速道路も高いところを走らなければならないのでダメ
長い橋もダメ
あ!高所とは関係なくてもトンネルもダメ。
考えただけでも もぅもぅ[車(RV)]運転できません。[たらーっ(汗)]

高速道路も 長い橋も トンネルも
基本的に途中で止まれないと思うからダメなんです[ふらふら]
はぁ~[ふらふら]
途中で止まれない やめられない 
自分ひとりに任された『運転』という責任
別に誰も気になんかしないよ!と思われるかもしれませんが
途中で止まっては『誰か』に迷惑を掛ける
いえいえ[あせあせ(飛び散る汗)]絶対に途中で止まれないんだ
と思えて・・・・怖いんです

十数年来お付き合いをしているある女性と
先日この話しをしました。
お互いに全く同じ理由で同じく運転できないと知って 
「ふ~[あせあせ(飛び散る汗)][ダッシュ(走り出すさま)]
そしてまたお互いに
今はずいぶんメジャーになった「パニック障害」という病気(突然に訪れる不安感、頻脈、過呼吸、冷や汗などなど・・・・でも何の病気でもないのです。)を十数年来持っていると知って
「ふ~ふ~[あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)][たらーっ(汗)]

別に・・お互いに隠していたわけではないのですが
特別に言うようなことでもなくて
[ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]

こぅなってしまった原因は??
なんて考えても
・・・ 結局 それは色々あって[メモ]
「こ~んな事 あ~んな事があったから・・・」と言うと
なんか話の落ち着きが良く、聞く人も腑に落ちる事もある  のですが
結局は そんなこと言っていても仕方がないので
だぁ~いぶ前の方に引用した茨木のり子さんの詩ぢゃぁありませんが
自分のトラウマくらい 自分で解決しろよ
これにたどりつくんだと思います

さてさて
私が今脱却したいと思っているのが
高所恐怖と[遊園地]スピード恐怖と[新幹線]食欲暴走恐怖?[ファーストフード](笑) と
日常で感じてしまう『罪悪感』

高所恐怖ナドは もしかしてもう どぉーにも治らないかもしれないけれど[たらーっ(汗)]
「罪悪感」
これは私の気持ちの持ちかた次第で
無くせるのじゃないかと[ひらめき]私の心が目覚めました[ぴかぴか(新しい)]


遊んでいたり 楽しい思いをしているとき
程度の差こそあれ 
『罪悪感』・・・ノ・ヨウナモノは
多くの人が感じていること。。。。と思います。
子供ならば・・お家へ帰らずに遊び続けてて良いのだろうか?
学生だったら・・勉強しないで遊んでいて良いのだろうか?
就業時間内の人なら・・仕事しなくて良いの(笑)?
主婦なら・・夫が働いてるのに私は・・・?
みたいなことって 誰にでもあるのでは!?
と考えられるようになりました。

私は
[揺れるハート]楽しい[揺れるハート]思いをしていると・・・・・・スゴク不安になります。
自分の体を休めていると[眠い(睡眠)]
自分を甘やかしているんじゃないか[exclamation&question]と焦ってしまいます[あせあせ(飛び散る汗)]
『幸せだなぁ』[ぴかぴか(新しい)]と感じる時
同時にその『幸せ』以上の悲しみや苦しみが訪れる想像ばかりをしてしまっていたり・・・

これでもコドモの頃はかなり天真爛漫な子だったと自分では思っています。

モラル=道徳 倫理 正論
人間は
心の底に、ちゃんと自分なりのモラルをもっていれさえすれば
それで良いのだと思えるようになってきました
自分に恥じないことさえ出来ていれば
誰に何と言われようと 自分で自分を評価してあげても良いのだと

幸わせなとき 
あぁ幸わせだなぁ~と素直に思いたい[かわいい]
それで良いのかもしれない[ぴかぴか(新しい)]

楽しいとき
あぁなんて楽しいんだろうと素直に思いたい[かわいい]
それで良いのかもしれない[ぴかぴか(新しい)]

美徳とは
苦労して、耐えて、辛さを超えて
そんなところにだけ
あるものではないはずだから

盲目的に幸せに浸ろうとするのではなく
いくつになっても
自分の夢を叶える努力と心の芯はちゃんと持ち続けながら[手(グー)]
生きる時間を
思いきり楽しんで良いのだと[ぴかぴか(新しい)]

そう目覚めた
もうすぐ46歳の美津子でした(笑)





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「100万回生きたねこ」 に学ぶ 最終篇 [哲学かぃ?の話]

まったり と休憩をはさんだところで

さて

誰も待ってはいないでしょうが(笑) お待たせしました。(押し)

白くて美しいねこ  って何者????
深く考えるといろいろ考えられます
 まぁ このお話の中では
美しい上に すべてを悟っているパーフェクトなねこ(笑)
そうですね幻想的存在 かしら
今はそう書いておきます。(最後にまたふれますね)

彼女は自分の前で虚栄心を捨てたこの ねこ だから
(そばにいてもいいよ) 「ええ。」
と言ったのか
それとも・・・・・

これも難しい。。。。

いずれにしても ねこ は
自分よりも好きだと思える 大切な
白くて美しいねこ と 子ねこたち を自分の人生の中で得ることができました。
ねこ は 決して もう 虚栄心を見せることはありませんでした
いつも 白くて美しいねこ のそばにいました。
やがて年老いて
 白くて美しいねこ は死にます
ねこ は はじめて 
泣きました
白くて美しいねこ をひざに抱きながら 100万回泣きました

100万回 泣きました

この絵本のタイトルにもある100万の数字
何度も出てくる100万は
漠然と 『とってもとっても多く』 とも受け取れるのですが
この
100万回泣きました の部分では
これまでの100万回の人生で一度も泣かなかった ねこ が
その100万回の人生 すべてに意味があったことに気付いて
100万回分泣いた とも とれるような気がします

朝から夜 夜から朝 100万回泣きつづけた ねこ は
白くて美しいねこ のとなりで しずかにうごかなくなり
そして
もう けっして 生きかえりませんでした。

   ~おしまい~

当たり前ですが 私たちは100万回生きかえることはできません
でも
100万かどうかはわかりませんが
『とってもとっても多く』の出来事と出会います

ねこ は
100万回の人生をまっとう出来ませんでしたが
最後に一回 
自分の人生をまっとうしました。
その姿が教えてくれているのは
・・・100万回生き返れないわたしたちへ  『とってもとっても多く』の出来事の ひとつひとつ
その意味を 白くて美しい魂で見てごらん と言っている気がします

白くて美しいねこ は 白くて美しい魂  結局・・自分自身の心の持ち方 なのではないのかしら・・・

今 わたしたちは
たった一度の命をもらって せっかく生かされて(生かしてもらって)います
これから先も出会うであろう とってもとっても多くの出来事へ
自分なりで良いから
なるべく 白くて美しい魂 を持って 見て 感じて・・・

結局 自分の人生は
誰かに与えられるものでもなく
誰かに壊されるものでもなく
自分自身の心で作り上げるものだと思うから

たしかに
 誰かに壊されるものでもなく と言っても
不慮の事故 事件で他者に人生を壊されてしまう人もいます
賢治のように病気で 自分の知力や行動力で人生を進めない人もいます
だからこそ
やっぱり 
いま 与えられている命って とても大切
自分の心次第で この命が嬉しく生きられるなら

自分本位にはならず
でも
自分の感情をけっして殺さず
なにが 一番良い道なのか 考え考え 一歩ずつ
そして
自分に後悔なく 精一杯生きたい

そんなことを思った 一冊の絵本 「100万回生きたねこ」 でした。

 
 


 
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「100万回生きたねこ」 に学ぶ その2 [哲学かぃ?の話]

前の日記の二の舞にならないように(^o^;)
最初からタイトルに添って話します(笑)

「100万回生きたねこ」
とても有名な絵本なのでご存知のかたが多いでしょう
佐野洋子さん 作・絵

http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=94

ご存知のないかたは 私の文から内容を想像していただくか
「100万回生きたねこ」 検索 [サーチ(調べる)]
↑以外にもたくさん出てきますので そちらをご覧ください<(_ _)>


ねこ は100万の人に愛されました
      100万の人はそれぞれの愛し方で ねこ を愛しました。
100万の人は自分にとって ねこ が必要でした。
ねこ は100万もの人に愛されても 100万回もの生と死を経験しても
      誰のことも大切には思いませんでした。自分自身も。その命も。

[黒ハート]愛する[黒ハート]ってなんなんでしょう? ・・・突然 そんなこと私から言われても・・・ですね(笑)

わたしは
もう何度もカミングアウトしているように(笑)
オヘソが曲がっています(* ̄(エ) ̄)/
ひとの愛には 『愛』の仮面を被った 『便利な対象者束縛』があるように思えてなりません。(曲がってる 曲がってる[蠍座]
ねこ が出会った100万人は皆 「私は純粋に心から ねこ を愛していた!」と言うでしょう。
確かにそれは それぞれの本当の『愛』だったのだと思います。
でも
ねこ の心が100万回感じたのは
ひとは 自分のために ねこ との生活を送っていたこと
ひとは ねこ を愛する自分を一番に愛していたこと
ひとは ねこ の死を悼むとき、命を失った ねこ の無念を悲しむよりも(そもそも無念はないのですが)ねこを失った自分自身の悲しみに涙を流していたのだ・・・・・・
・・・・・・そんなふうに ねこ は100万回感じてきたのではないかと思います。

『愛』って 難しいです。
自分自身を愛せない人から愛されても それは本当の愛ではないような気がします。
自分自身を愛せない人は 誰に愛されても それを本当の愛と感じられないかもしれません。
また
とっても自分を愛してる人から愛されても またそれも本当の愛とは違うと思います。
とっても自分を愛している人は 誰に愛されても どんなに愛されても まだ愛が足りない!と不満かもしれません。

ほどよく(笑)自分自身をちゃんと愛せている人が、相手の周りも含めて、その人の存在をとても大切に思い
自己欲だけではなくて
相手の心を感じ取りながら ともに楽に過ごせるようになったとき
自然と生まれているのが『愛』なのかしら?

この歳にして 『愛』を語るには  もう遅いのか   まだ間に合うのか(笑) 間に合わせる気もないので(爆)この先を生きる上での『人間愛』と考えようっと(* ̄・ ̄;) 

さて
100万回の死を終えて
ねこ はだれのものでもない のらねこ として生を受けました
ここで ねこ は
今まで100万回出会った人間たちのように実に人間くさい ねこ として登場します
「俺は100万回も死んだんだぜ」 
まわりのねこ達が自分を特別に扱ったり 媚びるのを喜びながらも こんなダサい台詞で更にカッコつけるほど
自己顕示欲が強くて”自分大好き”ねこ となりました。
ただ一匹
自分に関心を示さない白い美しいねこがいました
ねこ は自己顕示欲全開[パンチ] 虚勢を張るは、 ジャニーズ顔負けの3回転なんかもやっちゃったりして 気をひこうとします。
でも 白い美しいねこの台詞はとても味気ない
   「そう。」  のみ

やがて ねこ はすべてを脱ぎ捨て(←毛皮を脱いだわけじゃありません[あせあせ(飛び散る汗)]。”ただの ねこ ”になりました。これはなかなか難しいことです。虚勢を張るタイプはこれが出来ないでしょうに、この ねこ はそれが出来たんですねぇ~)

そしてただ ひとこと
「そばに いても いいかい。」と言います。
白い美しいねこは
   「ええ。」

と ここまでが  「100万回生きたねこ」 に学ぶ 2
続きはまた後日  って誰も待っていないか。。。。 





 





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正論と現実と愛 [哲学かぃ?の話]

好きな作家は?と聞かれたら
今 私は宮部みゆきさん!と即答する。
彼女は推理小説家として有名でもあるが、時代小説家としても、またアニメ化された『ブレイブ ストーリー』のようなファンタジー冒険もの、みたいなのや 色々なジャンルの小説を書く
とっ、とにかくスゴイ作家なのだ。
↑・・・・文章力がない私が書くと 大作家さんの紹介もこの程度になってしまう<(_ _)>

           ☆゚・*:.。. .。.:*・゜☆゚・*:.。. .。.:*・゜☆゚・*:.。. .。.:*・゜☆

相手の立場になること

たとえば ただの会話で。。。
今の一言を発した 相手の立場 になること

たとえば 日常で。。。。
皆 社会から与えられたそれぞれの立場で日常をこなしている
その
それぞれの立場を想像して 相手の立場 になること

たとえば 問題に直面したときや、その先を考えなければならないとき。。。。。
問題に直面している自分から離れて
同じく問題に直面している  相手の立場 になること。予測されるその後の 相手の立場 を考えられること


人は自分の頭に浮かぶ言葉を発し
自分の日常が人生の中心であり
問題回避 解決は自分を守るためであり 
その後の自分が今より良くなると予測して行動を起こす
だって それが 人間だもの

ぼくさーのよーな賢治.jpg

いきなり賢治の画像です(笑)
これは先週末 金曜日の夜に
また 眠れなくて 
お布団に顔をスリスリ。体を半分起こしては バタンと顔を落として スリスリ。
覚醒期のような激しい動きはないものの
眠れなくて 一晩中 もぞもぞしていました。
賢治は右の機能の方が発達していて 左が弱いです
ですから 顔を下にするときも、利き側の右から落ちます。
画像の賢治の右目が腫れているのは
右顔ばかり、スリスリしたからです。

賢治は体をまっすぐに保てなくて、椅子に座っていても傾いてしまいます。
賢治の椅子には 車椅子以外にも工房椅子といわれるものがあります。
これは、体が不自由な人がいかに体の負担を軽減して座っていられるかを考慮した椅子です。
賢治の背丈はもちろん、お尻、肩 腰の位置を測り、体の線にそってウレタンでくぼみをつけ、頭を支え、胸ベルトで崩れる姿勢を留めて、
体調によってはリクライニング機能で体を楽にできたりする とってもすばらしい椅子です。

で、何の話しでしたっけ??
大作家さんの紹介はできなくても、賢治の話しとなると、椅子ひとつでも饒舌?な私(笑)

賢治が寝ないと 私も眠れない。
眠れないのは辛いです。
眠りたい(笑)
だからといって、賢治に「ナゼ私を眠らせてくれないの?」なんて怒りは湧かない
それは母だから、という母性愛とは違う
もちろん偽善(笑)でもない

まったく喋れない自分を想像する
動きたいと思っても1メートル先にも行けない自分を想像する
自分の生活24時間すべて
人の手をかりなければならない自分を想像する

痛い~ おいしい~ 嫌だ~ 楽しい~ なんでも良いよ 喋れるって 
たとえ決められたメニューでも、自分の好きな順番に食べたい量を食べたいな~
トイレに行きたいときに自分でトイレに行って用を足したいな~
ズレたお布団を自分に掛けなおせたら あったかいな~

単純明快

出来る人が賢治の助けとなれば良いだけ
それは母親の私じゃなくて、姉の優香でも、祖父母でも
お仕事の中でとはいえ 寄宿舎の先生も、ヘルパーさんも、
誰もが
賢治に 『やらされている』なんて思ってもいない
また、賢治が『かわいそうだからやってあげている』なんて思っていない
みんなそれぞれが
現実にそれを必要とする状況があるから やる。

もしわたしたちに規定仕事数なんてものがあるとしたら
賢治を助けると
仕事が ひとつ 増えてしまうかもしれないけれど
世の中に
規定仕事数なんてないから
私たちはあたりまえに賢治をサポートする



ここで
やっと文頭に登場した宮部みゆきさんにつながります~(笑)
先にあげた『ブレイブ ストーリー』の中で
家を出て行った父親が息子(主人公)に向かって心の奥底にある自分を放つ場面

「俺が どれだけ我慢しているかも知らないで・・・
働いて 働いて 寝る時間もけずって働いて
それでも 誰も俺に優しくない。 感謝しない。 当たり前だと思っている。
・・・こんなのが俺の人生か?
うまいもの食って 欲しいもの買って 俺は俺のために生きちゃいけないのか?俺のためだけに!!
だから
俺は オトナも夫も父親も 全部やめてやる!」


宮部みゆきさんは作家としてあふれる想像力からこの文を書いたのか!?それとも・・
下世話な想像はやめようっと(;*-- (笑)

たとえば もし
男(夫)の役目を
辛くても、疲れていても、遅くまで毎日外に出て家族のために働くこととする
女(妻)の役目を
夫が得る収入とその労働の大変さに感謝しながら、家で家事や育児をすることとする
子供の役目を
父の大変さをよく理解し、感謝し敬い、育ててもらうものとする

このように いわゆる 正論 らしきものに
「家庭」をあてはめたとしたならば
人間ってなんて愚かな生き物なのだろう?と思う
それならば
男も女も家族など持たずに
はじめから自分ひとりで生きれば良い
頼みもしないのに生まれ出された子供は迷惑だ。



正論がいつも すべての正しい解釈ではない
人は正論では片付けられない現実の中で生きている
そこには 正論よりもむしろ 単純明快な 人としての優しさがあれば良いのではないか?
また
愛とは正論に基づいたものではない
正論に強要されるものでもない
何が起こりうるかわからない現実の中で
いかに
『自分』から離れて 相手の立場になれるか
それが愛なのだと思う 
  
 
















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ポジティブ思考の行方( ̄(エ) ̄)/ [哲学かぃ?の話]

私と娘は似ている

このごろ・・・
今年二十歳になる優香と 45歳の私を見比べて
「へぇぇぇ 美津子の  と 優香ちゃんが 似てるの~?」という声が増えて
私は びみょ~( ̄‥ ̄*)な思いに駆られるわけだが・・・
性格  似ている

  『三つ子の魂百まで』
これは確かにその通りだと思う
人の性質が形成されるのに
幼い頃の環境や、育てた者の道徳観、社会観は大きく影響を与えるだろう
でも
こども自身が持って生まれたもの
資質
これもあると思う

まだ幼い優香は
私が自分に感じる短所を ”そっくり” 見せてくれた
え!? だって 
優香を育てているときは
  『三つ子の魂百まで』 を肝に命じて
私の悪い部分は隠そう(笑)出すまい!見せるまい!
この子には私の嫌な性格を継がすまい!!!
なのに
 むむむ( ̄‥ ̄;)・・・あれだけ 隠したはずなのに 
いえ いえ それより
この子はまだ、誰かの影響で性質が形成されるには早いでしょう!?
ところが そんな小さな頃から 優香は私そっくりの[たらーっ(汗)]
ちょっと困った部分たちを とっても頑張って私に見せた(笑)

あーーー親子って・・・・(o ̄∇ ̄o)遺伝だな・・・こりゃ
優香を育てながら 自分なおし をしよう・・・



自分では何度も
「どーして私は ここで  こぅ やってしまうのだろう(-_-。)」と思いつつ
これをなおす方法がわからなかった。
確かに私には悪い所がたくさんある!
この性格を 目の前の我が子で再確認しながら(笑)
優香のためにも 自分のためにも
少しでも 生きやすく生きれるように
自分を直そう 治そう

結果

基本的には性質なんて 直らない 治らない
でも 
悪い所は
出さないように気をつける
出してしまったら 謝る
それで  いーーーーのだOK OK![手(チョキ)]
 

これでわかるとーり
これは 長所 なのか 短所 なのかは 未だに謎だが(笑)
私と優香、共通の性質に
『根拠の無いポジティブ思考』がある[わーい(嬉しい顔)]
注)根拠の無い←これがポイント! 

何かが起こっても   それが好ましくないことでも
「あれは もしかして○○○だったのかもしれない!!」←[ひらめき]明るい妄想 
明るい妄想が[晴れ]おもしろい冗談になり、冗談がエスカレートして いつのまにか二人で大笑い
笑い声が大好きな賢治は つれらてニコニコヾ(@⌒ー⌒@)ノ  かわいい  かわいい(笑)

こんな毎日を送れるようになってから
どんどん
自分が好きになれるようになった
実は
見つめるのが苦しくて
指摘されると辛くて
自分すべてが否定されているかのようにまで感じた自分の短所を
自分でも 優しく認められるようになった


自分の性質をなおせないように
きっと 
人(誰かを)を変えることもできない と思う

私は『根拠の無いポジティブ思考』で
(誰かを) 変えられる! と思い込んでいた時期がある
でも
 人は人を変えれはしない
 誰かが他の人の性質を変えることは 出来ない
                                 そう感じた


それでも
 人は人によって 自分 を変えられる
つまり
 人の優しさや 明るさや 心地よさや おおらかさや 素直さや 誠実さや etc..
そんな
人の助けをかりて 
自分から変わりたいと 真に願ったとき
人は 
 『なりたい自分へ』 と近付けるのだ

・・・・わたしは そう思っている




優香へ ~ 25年後に ( ̄‥ ̄*)こーならないために、目尻のしわや顔のたるみ、シミ、そして 肥満 に気をつけてください(-_-。)
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あきらめたくないこと [哲学かぃ?の話]

私の幼いころからの夢
  ただ ただ『平凡』な 
普通の家庭の主婦、そしてお母さん
それが私の夢

生まれ来る我が子を待つ喜びの時間を
分かち合える人と一緒に過ごしたいと夢見た
夜が更け 日が昇るまで
ひとりで過ごした家の
あの窓から何度も見た朝日は
いつも
あきらめの寂しい色だった

優香と賢治
年齢の近いふたりを育てる日々
目の前にある大切なふたつの命
守ることに必死だった
「元気で大きくなぁ~れ」
私の望みはそれだけ

賢治の病気
賢治の脳の異常が診断された時
何度も夢を見た
夢の中で夢を見ていた
「あ~ 嫌な夢を見たけど、夢で良かった」と
夢の中の私は言っていた
でも目覚めると いつも 夢の中で見た夢は現実だった

いつしか
現実を受け止める と言うよりも
『平凡』な子育てをあきらめた
ここからはじめるしかない
何度振り出しに戻っても
いつまでかかっても
この子を育てるための子育てをやり続けるんだ

夢の中の賢治は現実の賢治に近付いて行った

賢治が何度も入退院を繰り返していたころ
『平凡』な家庭を望むのをあきらめた

優香は耐えることに慣れていった
その寂しさを優しさに代えていくようになった
私が夢見ていた『お母さん』は
こどもに こんな思いをさせるお母さんじゃなかったのに
またひとつ ここでも・・あきらめ

賢治の病気が
脳の病気だけじゃない!これは大変な病気だとわかったとき
それを救うには
優香に骨髄移植のドナーになってもらうしかない。。そんな命にかかわるリスクを優香にまで負わせると知ったとき
その原因が
私の持つ遺伝子の突然変異にあると知ったとき

もう
自分の これからの夢?希望?楽しみ? そんな甘いこと
何も言わない 望まない
望むのは ただ
賢治の命
優香の無事
私が絶対にあきらめなかったのは
ただ このふたつの命

このときの思いは 今も続いている
あれから
いくつものことを あきらめてきたけれど
いつまでも続く
絶対にあきらめないこと


賢治が今、自分の思いを言葉にするならば
何をあきらめないと言うのだろう? 

優香は今、ロンドンでの学生生活を
あきらめたくないと言う
「私 今 ここで 自分が生きている実感を毎日感じてる
だからここにいたい!」
大学の奨学生対象者の発表は
いよいよ今月末に出るらしい
奨学金など関係なく
同級生の多くが
ここ(大学)に入学した以上あたりまえに4年間を履修できる感覚でいるなか
優香の残りの三年間・・いや半年後が
あるのか ないのか
本人の意思や希望と関係なく
お金と言う名の現実が
将来への道のりを分けていく

これまで優香が
どれくらいの寂しさを 幼い心で乗り越えたのだろう。
志を持った若い心となって 今度は何を乗り越えて
今のここまでを来たのだろう

今 
「生きている実感」を持てる場所に居ることが
優香には一番の幸せだろう
わかっている
でも 
Anyway the wind blows...
(↑QUEENの名曲 ボヘミアン・ラプソディ 最後のフレーズ です。
『いろーんなこと いろいろあるけれど、いずれにしても  まっ どっちみち 風は吹くんだよね・・・』 みたいな意味でしょかね)

札幌から送るならば
Anyway the snow is falling...かな?(笑)

ここに何もしてあげられない ただ『平凡』な母がいる
あんなに望んだ『平凡』は叶えられず
ここに 望まぬ『平凡』がある
そんなものなのか と思うけれど
そんな私でも
今の自分は充分に幸せの中に居るのを感じる
それは
ふたつの命が輝いてくれているから
そして私もまた
それを感じられる 命 を与えられているから


 Whatever will be,will be.
(↑なるよーに なるさ)
 
私の夢は『お母さん』になることでした
 夢を叶えてくれた こどもたちへ

きっと人生は
すべてが上手く 叶えられはしないのだと思う
でも
絶対にあきらめたくないことだけは
そのことだけは
どんなことがあってもあきらめないで いてほしい


 




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「幸せにします」と「大切にします」 [哲学かぃ?の話]

             

          この日記の内容とは全然関係ないのですが

           ぷーさんの帽子をかぶって登校!賢治

ところで

「幸せにします」「大切にします」
男女を問わず
どちらの言葉を言われたほうが嬉しいのだろう!?

一条ゆかりさんの漫画を読んでいて思った(笑)

前にさんまちゃん出演のドラマ~さとうきび畑のなんとか~を見たときも
同じことを思った
さんまちゃん演ずる父親が
娘婿・・いや、息子だったかな(坂口憲二さんだったなあれは・・お嫁さんが仲間由紀恵さん)
「奥さんは宝です。大切に、大切にしてください」こんな感じのことを言った。

私は
「大切にします」
この言葉だけで泣ける(笑)

もし
「幸せにします」
と言われたなら・・・・
そんな機会など無いだろうけれど(自爆)
ひゅ~と
スキマ風が心に吹いてしまう気がする
・・・そんな機会など無いだろうから別にそこまで想像しなくても良いんだな(自滅)

人は
自分ひとり生きるだけでも精一杯だけれど
それでも
ひとりでは生きていけないから
心かよわせられる人と出会っては
信じて 心寄り添わせて
生きて行く
男女を問わず
人として
 
だから
生きて行く中で
誰かを「幸せにします」は
ちと 違うぞ!!
そもそも幸せとは何ぞや??
上に立った人から、受動的に幸せを与えられて幸せになれるのかぃ?
とオヘソの曲がった私は語りたくなる

でも
「大切にします」
これは
嘘のない決意に聞こえる
・・・とりあえず、その時点では嘘ではないだろう
自分に出きる精一杯を尽くそう=「大切にします」

良いではないか~

私は今
こどもたちと両親に向かって
「大切にします」と素直に言える自分でいたいな~と
漫画を読みながら思いました。

おしまい

では
 明日PCを修理に出します。
しばし さよーなら。


 

 







 


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真実はひとつ byコナン君  [哲学かぃ?の話]

この4年
(サイトを開いている会社の都合で)閉鎖してしまった前のブログから現在
賢治を見守ってくださる方々へのご報告と感謝を込めて
私は
このような形で
その時々の画像載せてメッセージを書き記してきました。

それは
いつもいつも賢治を思い
「おばぁちゃまがあの世へ行くときは賢ちゃんの悪い病気、全部持っていってあげるからね」
とおっしゃる、血縁ではないけれど、まぎれもない賢治の心のおばぁちゃまへ
外出がままならないおばぁちゃまに賢治の元気な姿をネットを通して見ていただくためであり

私がどんな状況にあろうと、いつも私を肯定してくださって、そして私たちを見守ってくれる大好きな友人、知人たちへ であり

また、現実に賢治と関わり、賢治の成長を心から願って、ご自分のお仕事の中でその温かいお気持ちを実践して下さっている方々へ であり

そして
離れて暮らす優香への便り、メッセージ でもあり

私はこのブログを見てくださる方々が
善意を持って、ここを訪れ
温かい何かを持ち帰ってくださることを願ってこの4年を経ています。

さて、
表題の『真実はひとつ』by コナン君 (笑)

突然ですが
『真実』ってひとつじゃないんですよ。
と、私はある人から教えられました。


『人の数だけ真実がある』のだそうです

人は自分の記憶が正しいと思っています。
その記憶が、
たとえ事実とは違っても、
そうですね自己防衛本能とでも言うのでしょうか、
自分の都合の良いようにすり変えられた記憶でも、
人は自分の記憶こそ正しいと思うので、
それがその人の『真実』となるそうです。

皆さんご存知のとおり
私は模範的な家庭を作れませんでした。
でも私は、自分がこの道に進んだ理由、経緯、結果、
そのどれにも
私なりに納得出来る真実を持っています。
だから
私はそれで良いと思っています。
その、私の真実を、
私の視点で、私の口から
不特定の人にまで知ってもらおうとは思いません。

上に書いたような善意とは逆の人たちもいる悲しい現実
そういう人たちには・・・正直言って
私にとって かけがえのない宝
賢治と優香の姿を 
・・・・・・・見て欲しくはありません。 
でもネットというのは
誰の目にも触れてしまうことを覚悟の上で
それでも
私は私にとって大切な方々に見ていただきたくて
これを続けています。


人の口に戸は立てられない と言います。
実感する出来事がたくさんありました。





「あなたが美津子さんについて聞いたこと、
それが、たとえ100%真実だったとしましょう。
でも現実をご覧なさい。
彼女が
障害のある賢ちゃんを、
そしてこれから学費がたくさんかかるとわかっている、まだ将来が未確定な優香ちゃんを
自分ひとりの手で育てている現実
この現実だけで充分じゃありませんか?
言葉だけを受け取るのではなく
人として感じる心で
人を見ましょう」

こう言ってくださった方がいたと知りました。

私は感謝で涙が出ました。


人間の愚かなる習性、
本能と言うべきなのでしょか
『自分を守る』 こと

だから
人の数だけ真実があっても
ごく自然なこと

ただし
自分を守るために人を傷つけるのは論外

私を支えてくださる皆様へ
今日も感謝です。

そして
こんな母でも、
こういう現実に置かせてくれているおかげで、
母を救っている
優香と賢治に感謝。






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なんか・・・・ [哲学かぃ?の話]

今日は優香がいないよ・・・・・

 

 


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