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今年も義男先生と [今を歩みつづけるはなし]

北海道は珍しいほどの暑さの毎日です。
今、午前0時をまわっても、外の空気がもわぁ〜
北海道の夜は涼しいのが定番なのに[あせあせ(飛び散る汗)]

さて
7月のはじめ頃、今年もとまこまい脳神経外科へ行って
髙橋義男先生の診察を受けました。
IMG_7785.JPG

賢治の
向かって左・ヘルパーさん、中央・髙橋先生、右・私(わかりますね[わーい(嬉しい顔)])

先生に診ていただくようになって、もう、かれこれ23年くらい経ちます。
毎年「母さん、元気そうだな!!」と声をかけてくださる事が多かったのですが
今年は
「クスクス(押し殺したような笑い) 歳とったね・・・」でした  笑
そこで
「お互いに」と返す私も私ですが 笑
さすが[exclamation]先生。
長年、賢治を診ているけれど、私の事も見ている先生。
私の表情から心の疲れを一発で見抜いたようです。

「無理するな。」
「気にするな。」
「ただでさえストレスあるんだから、溜め込むなよ。」

賢治の受診でありながら、
こうして母親の私をケアしてくださる先生の優しさ、寛さに
何かとてもホッ[揺れるハート]とさせてくれるものが、いつもあります。

先生、お互いにまだまだ元気で頑張りましょう[わーい(嬉しい顔)]

義男の空 第10巻
51qPX5FkTPL._AC_US160_.jpg
 

今週も絵を描きました [今を歩みつづけるはなし]

春っぽい色

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顔も絵と同じ色合いになりました 笑
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三月末の書き初め [今を歩みつづけるはなし]

久しぶりにブログ更新です。

さて、それほど体調が悪かったわけではないのですが

それほど体調が良くもなく[たらーっ(汗)]

でも、三月末になって賢治の体調も落ちついて

「絵、描く?」の言葉に目がキラリ[目][ぴかぴか(新しい)]

ほんの数分でしたが今年の書き初め
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お約束?のフェイスペインティング
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描きかけの絵の上に色を重ねたので、この日の作業でこうなりました。
さて、次の絵画展でデビューできるかな?
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ポシェットへの想い [今を歩みつづけるはなし]

「いけまぜアトリエ」
ポシェットへの想い

前の日記での
賢治の絵が一部使われたポシェットについて
すぐに追記をしようと思いながら、時間が経ってしまいました[たらーっ(汗)]

IMG_6836.JPG


このポシェットは
医療機関で実際に採用されているものです。
手術後、創部からの排液を促すなどに使用されているドレナージバッグを携帯するための袋です。
直接、体液が他人の視線にさらされる患者様不安への配慮から生まれた医材です。


もう20年前になりますが
賢治が骨髄移植の治療で入院していたときに
点滴や静脈注射や採血のために、
心臓近くの太い血管(中心静脈)の位置にカテーテルの先端を置く
「中心静脈カテーテル」を作りました。
そのカテーテル(チューブ)を携帯するポシェットを
賢治が好きなクレヨンしんちゃんの柄の布で
手づくりしたのを思い出します。

画像では読みにくいかと思いますので
あらためて
「いけまぜアトリエ」ポシェットへの想い  を
ここに書きます。
[かわいい][かわいい][かわいい][かわいい][かわいい]
「いけまぜアトリエ」の絵は「NPO法人 障がい児の積極的な活動を支援する界にわとりクラブ」に所属する子どもたちの描いたものです。

「J-VACサクションリザーバー」専用ポシェットには、このポシェットが苦しい闘病生活を送る患者様の心にうるおいと元気をもたらすものであってほしい、と願う子どもたちの想いが込もった絵がデザインされています。
ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社は、障がいがあっても社会に貢献できる存在であることを人々に理解してもらうことで「真の障がい」をクリアしたい、と願う「いけまぜアトリエ」の活動を応援しています。
[かわいい][かわいい][かわいい][かわいい][かわいい]



賢治自身が物心ついた時から、賢治は病気との闘いでした。
まだ、絵を描くことも知らなかった20年前
賢治は長い時間を病院で過ごしました。
絵を描くことと出会ったのは10歳のとき。
それから今年で17年の年月が経ちます。

そんな今
彼の絵とだけ向かい合ったならば
その絵は
彼の世界、彼の芸術、彼の道をまっすぐに歩いています。

実際の賢治の生活は
それこそ「いけまぜアトリエ」の合宿に参加するにも、
車椅子での移動は難しく、
体温の保持が難しく、
食事も、、、回数から形態も皆とは違って一緒にはできません。
でも、
障がいの重さは関係なく
そして
障がいの有無に関係なく
何かひとつの事、自分の好きなことをやり続けることで
賢治はちゃんと社会と関わっていけていると
「いけまぜアトリエ」の年齢の小さな子どもたちに、センパイとしての姿を見せられていると思います。

「真の障がい」のクリアは
健常者といわれる人たちと、障がい者といわれる人たちの相互の理解なのだと思います。

今年は是非
賢治の絵を
ひとりの芸術家の作品として見てもらうチャレンジの年にしたいなぁと思っています。

IMG_6837.JPG

 一番右端のお花の柄。どこかで見た絵だと思いませんか?

Kenji ぼくのうた vol.10」展示報告などなど [今を歩みつづけるはなし]

今年の「Kenji ぼくのうた vol.10」展示を終えて
事業報告の最後の書類を昨日郵送して[mail to]
ほっ[揺れるハート]
終わったわ[手(チョキ)]と一息です。

気がつくと10月に入っていました。

9/29, 9/30 の道新に良い記事が載っていたと、友人が知らせてくれました。
相模原の事件から二ヶ月の特集です。

とても「正しい」言葉がたくさん書かれています。

「生きること自体価値」
「互いを知って認めて」
「無知は差別を生む」
「この子(障害児)の発信を見逃していた自分に問題があったのだと恥じた」
「(強くて優秀が良しとされるが) 強い心はもっと強い風が吹けば折れる。風に折れないしなやかな心をつくってほしい」

読んでいて
そうだ、そうだ。うんうん。と思いました。
同時に
道徳心があり、善意の大きな多くの方々を含めて、
こどもからおとなまで
これらをどう実感してもらえるのだろう?と考えました。

人の気付きって、文字よりも、実体験、実感が伴うことが多いと思います。



今年の「Kenji ぼくのうた vol.10」展示の話しに戻ります。

今回の手応えは、今までと大きく違いました。
それはまず
会場が「かでる2.7」だった事が大きいと思います。
ここの上の階には、様々な福祉関係の事務所があります。
そして、福祉、医療系の会合が多数開かれています。
ですから、
普段、障がい者と関わっている人たちのご来場も多かったと思います。
もちろん
普段、障がいのある人と接する機会のないお客様も多かったと思いますが

「障がいがあるのに、頑張っているね」

「大変なのに、絵を描いてすごいね」

この、いつもは必ず言われる言葉が、今回は ほとんど無かった のです。

代わりにいただいた言葉は

「才能だね」

「これが天才と言うんだろうな」

「渡邊賢治さんにしか描けない、誰にもマネができない、模写もできない。こんな絵を見れて良かった」

「(新聞で見て、障がい者云々だったので)期待しないで来ましたけれど、驚きました。素晴らしい感性。才能を感じます。また、これからも彼の絵を見たいです。」

このように、ストレートな「絵」への評価、感想でした。

(私、賢治の親で、親が何の謙遜もなくこんなことを書くとバカのようですが、、、これはお伝えしたかったので、あえてそのまま書きました。)

一枚一枚の絵を、時間をかけて
語り合うように見て下さるかたが多かったです。

そこで涙を流すかたの姿も例年通りありました。
その涙のわけを、私は聞きませんけれど
。。
  障がいがあるのに頑張っている姿に涙した
                     。。
                 とは思えないのです。

みなさんそれぞれが心にかかえる何かと、賢治が描いた絵のどれかが
絵への感動という形で、心の深い部分でつながったのではないかと。。
かつて、私が色々と思い悩む中、賢治が描く絵に感動して救われたように。

賢治の絵を見る時、母の私は、
重度障がい者が描いた絵として見た事はないです。

私にとってこれは↑当たり前ですが、これを理解して頂くのには時間がかかりました。
今回のお客様の反応を見て、「やっとここまで来れた」と思いました。


賢治は
「絵を描く障害者」ではなく
ましてや
「障害があるのに絵を描いている人」ではなく

「人の心に届く絵を描く画家」なのですよね[ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]

最後に、もう一度、道新記事、相模原事件特集から 哲学者 萱野稔人さんの言葉
[ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]
出生前診断で胎児に障害が見つかれば中絶をする人が多い現実を前に
「重度障害者でも生きている価値がある」と言うことが、きれい事ではないと言い切れるだろうか。
「それぞれの人間に尊厳があり平等に扱われるべきだ」という理想
「お荷物は切り捨てたい」との欲求
個人にも社会全体にも二つの考えが常に併存する。
(ナチスの「優生思想」から、今もヘイトが繰り返されているのは) メディアや知識人がきれい言ばかり言い、憎悪に立ち向かうための議論をしてこなかったからだ。
特定の他者を「お荷物」と見なす感情があたかも存在しないかのごとく
「誰もが生きる価値がある」
と言ったところで説得力はない。
[ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]

そのとおりだと思います。

芸術は
人の心の、わりとニュートラルな部分で感じるように思います。

賢治の絵が、これからどのように社会で取り上げられて行くかはわかりませんが
私はしっかりと思いを持って彼の絵とともに歩かなければと思います。

今回、会場へ入る場所が二方向にありました。
何人もが、本当の入り口付近で
「あら〜〜〜」
「展示してある絵に惹かれて逆から見てきましたが、正しい順路はこちらからだったんですね。」
いえいえ
順路なんてどーでも良いんです。
絵を見たくて、歩き進めてくれることが何よりなんです。

こんな風に
誰かが、賢治の絵と出会って、
おっ!? と絵へ関心を持って
自然と
この絵の作者への興味も湧いて
そこで
あら、彼は重度障害者なのね、と知る

そうして
・・・だから〜なのね と腑に落ちてもよし
・・・なのに〜なのね と感心してもよし
ああ
この絵を見られて良かったと
彼の絵が評価されるのが
これが自然な「芸術」に対する心なのだと思います。


もし、
今、
ナチスドイツのような優生思想が広まったら。。。この絵は見られないのよね[わーい(嬉しい顔)][わーい(嬉しい顔)]

感動ポルノ [今を歩みつづけるはなし]

「感動ポルノ」って言葉をご存知ですか?

(Wikipediaから引用)
「感動ポルノ」
2012年に障害者の人権アクティヴィストであるステラ・ヤングが、オーストラリア放送協会のウェブマガジン『Ramp Up』で初めて用いた言葉
障がい者が障がいを持っているというだけで、あるいは持っていることを含みにして、「感動をもらった、励まされた」と言われる場面を表している。
そこでは、障がいを負った経緯やその負担、障がい者本人の思いではなく、ポジティブな性格や努力する(=障がいがあってもそれに耐えて頑張る)姿がクローズアップされがちである。
「清く正しい障がい者」が懸命に何かを達成しようとする場面をメディアで取り上げることがこの「感動ポルノ」とされることがある。

その、ステラ・ヤングさんのTEDでのスピーチに関してはこちら
http://logmi.jp/34434

    [ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]
今回、NHKさんから、「おはよう北海道」の特集の取材要請があったとき、まず最初に約束したことが
今回の特集の内容を感動ポルノにはしないでください。(感動ポルノにするなら、取材は受けられない)
でした。
担当ディレクターさんが、世の中に当たり前にはびこる、感動ポルノに対して
「強い違和感をおぼえる。」
「健常者といわれる者の、上から目線で障がい者を報道をしてはいけない」
と、おっしゃっていたので
この言葉を信じて[ぴかぴか(新しい)]
これまで受けた他局の取材とは比較できないほどの時間を使って取材に協力しました。

さきほど、NHK「おはよう北海道」のホームページを見ましたら
放送予定
27日
もの言えぬ青年が描く生命のメッセージ

ん???
あれ??????


私が今日まで、活動してきた意味は、まさに
障がいがあろうと無かろうと同じく生き行く人間だと認識した社会になってほしいということ。
芸術の評価は、障がいというバックボーンの有無ではなく、ひとりの芸術家として評価しても良いのでは?つまり、
感性とか芸術を目の前にして感動を受けたとき
果たして、その芸術性以前に、障がいの有無が前面に必要で、それが評価を激しく左右するのか?
という疑問を投げかけてきました。

今回のNHKさんの番組では、そこに焦点を当てる内容にする。とのことでしたので、お受けしました。

さて、27日の放送の内容がとても気になるところですが
NHKさんを信じてみましょう[わーい(嬉しい顔)]

話しは変わりますが
先日、北海道新聞の記事に対して、あるコメントを送りました。
パラリンピックに関しての総特集でした。

私の送ったコメント
9月20日朝刊 15-16面の見出し「残された力 最大限に発揮」を見て、これはどんな視線からの見出しなのだろうと疑問に感じました。
記事の内容がとても良かっただけに、
「残された力」と言ってしまえるのは、四肢が欠けておらず、視聴覚、知力を持った人が、それを完全な状態とした上で、
それの無い(失った)人に対して言っているものだと思います。
15面左にちょうど、フェンシング女子イタリアの金メダリストが「私の体は完全」と胸を張ったと載っています。
残された力ではなく、己(おのれ)の力なのです。
これは、オリンピックもパラリンピックも同じなのだと思います。
この見出しを見て、あれっ?と思う人が世の中に増えてくると良いなと思い、こちらに投稿致しました。


  [ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]
マスコミの皆さんには
自分たちの視点が無意識のうちに、障がい者を上から見ていないかを確認して
感動ポルノを作り上げる行為を思い止まってほしいと願っています。

久しぶりに街中へ [今を歩みつづけるはなし]

今日は谷康平さんの絵画展に行って来ました。
image.jpeg

康平くんの作品にじーっと見入る賢治。

小さな頃からの作品を沿って見て行くと
康平くんの成長と、康平くんがどれだけ心豊かに
自分の周りの景色を見て感じてきたかが伝わってきました。

最後の作品を見た時は
涙が流れて流れて、、、、、

ご両親の深い愛情に包まれて
今も
康平くんはそこに一緒にいるのだなぁ〜と思う一枚一枚の絵。
どれもが
心に響く絵でした。

私が特に好きな絵はこちら
image.jpeg

キャプションも素敵です。

道新ぎゃらりーにて
明日までです。

谷康平さんの絵画展 [今を歩みつづけるはなし]

今日の道新朝刊17面に記事が載りました。

クリックすると大きくなります。
記事.jpg


康平くんが札幌養護学校高等部時代に、訪問学級で指導をしていた先生は
賢治が真駒内養護学校の中等部の三年間と高等部の一年に担任をしていただいた先生です。
美術専攻の先生が担任になって下さったおかげで
四年間、学校で、いろいろな道具や手法で絵を描かせてもらえて賢治は絵を楽しむことを覚えました。
また、自由に、自分の思いで描くことを確立したと思います。
今、ヘルパーさんがアシスタントになって描くことも、この時の経験があったからこそ出来る、賢治の心の成長です。
ずっと一緒に過ごしてきた私が息子を手伝うのは、お互いにとってそれほど難しくはありません。
それを、母と子ふたりだけの作業ではなくて
誰か他の人の手を借りて自分の心を表現するのは難しいことと思います。
でも、賢治は学校時代の経験から、すんなりとヘルパーさんへ心を見せました。

人と人の出会いって本当に素敵ですね。
人の思いって
障がいとか健常とか関係なしに
純粋な心が人と人を結びつけてくれるのだと思います。

康平くん。
18歳で旅立つその日まで
生きた証をたくさん残して、今こうして個展という形でたくさんの皆さんに観てもらえるのは
康平くんが、ご家族、周りの皆さん、み〜んなに与えてくれたプレゼントですね。
生き、生かされ、ともに学び、互いに与え合い
生きた者の時間は、生き続ける者に継がれて
永遠に生きるのですね。

谷康平 絵画個展
道新ぎゃらりー にて開催中
札幌市中央区大通西3丁目
8月2日まで

今年も [今を歩みつづけるはなし]

とまこまい脳外科へ受診に行きました [病院][車(セダン)]

前夜
「明日、高橋先生に会いに行くから、もう、熱出さないでね[exclamation]
と言うと

あ、、そうか[手(チョキ)]OK[グッド(上向き矢印)]って顔をしていた賢治

ドライブ〜[車(セダン)]
ドライブ2.png

ドライブ1.png


先生、今年も会いにきました[わーい(嬉しい顔)]。。。じゃなくて、診察お願いします。

高橋先生と2016.png


脳のMRIを診ていただいて
昨年と比べて、前頭葉の脳のシナプスが伸びているらしく、脳の部分が増えていました[ぴかぴか(新しい)][グッド(上向き矢印)]
「出来ないとか思わないで、どんどんやれ[exclamation]
今年もまた、励ましの言葉をいただきました。

さてさて
帰る前に食事[レストラン]
1日5回食なので
食事に追われます。
持参のペースト食を病院の喫茶コーナーで食べます。

食事.png


帰り道はゆっくり[車(セダン)]

久しぶりの遠出です。
途中の支笏湖でお散歩[るんるん]

逆光でこんな[あせあせ(飛び散る汗)]画像
支笏湖.png


支笏湖2016-1.png


支笏湖2016-2.JPG


むか〜し昔
太陽に吠えろで、石原裕次郎さん演じるボスが
ブラインドを指で押し下げて外を見て
こんな表情していたなぁ〜と思った私です。
支笏湖2016-3.png


狐やクマとも会いました[揺れるハート]
支笏湖にて.png


同行してくれたヘルパーのえりちゃんが
クマの剥製を見て
「前に、真駒内駅付近で身長165センチ←(それ、体長だと思う)、体重◯キロくらいのクマが出たってニュース聞いた時
み・・みっちゃん!?(美津子)って思ったのを思い出すぅ〜」と言って笑っていました[たらーっ(汗)]

楽しいドライブ&病院受診&お散歩の1日でした。

あ~~~ [今を歩みつづけるはなし]

今日は
絵を描いて、留奈さんに写真を撮ってもらう予定でした

が・・・・

[あせあせ(飛び散る汗)][もうやだ~(悲しい顔)]
ついでに不眠[ふらふら][たらーっ(汗)]


作画、撮影はキャンセル[バッド(下向き矢印)]

だるいぃ〜
あ~~.png


ふぅ〜
熱ある.png


先日の笑顔画像はどこへ行った??

怒ってる?

怒ってないよ.png


ん???

ん・・.png


[るんるん][わーい(嬉しい顔)]笑顔になってきた[ぴかぴか(新しい)][かわいい]

ん?.png


[ぴかぴか(新しい)]早く元気になぁれ[ぴかぴか(新しい)]

世の中は [今を歩みつづけるはなし]

世の中はGWだったようで
そして
今日がその終わりだったようですね[るんるん]

賢治はやはり笑い発作でした[あせあせ(飛び散る汗)]
先日から誤嚥を防ぐ為の介護が始まって
一回の食事量を減らして時間をかけて…
その代わり食事の回数を増やして一日五回に。
お水も、
トロミをつけて小さなスプーンで少しずつ。
だから、
一日が食事に追われてしまうような生活ですが
ヘルパーさんたちのおかげで[ぴかぴか(新しい)]元気に[ぴかぴか(新しい)]過ごせています。

私のGWは仕事と、そして急な母の入院で[病院][車(セダン)]

そんな中、突然に冷蔵庫が壊れて[がく~(落胆した顔)]
賢治のペースト食が解けてしまう!!!!(冷凍保存している)
朝の開店めがけて電気屋さんへ[車(セダン)][ダッシュ(走り出すさま)][ダッシュ(走り出すさま)]
なんで〜こんな時に大事な冷蔵庫が〜〜[あせあせ(飛び散る汗)]

仕事を終えては、夜の面会時間ギリギリに病院へ滑り込んで[車(セダン)][ダッシュ(走り出すさま)]

病室で
母と私、ふたりでため息をつきながら
「母の日だねぇ〜」(笑)

そんなバタバタで
絵を置いてくださっている「さか井」さんへ
両親を連れて行く話しは止まったままでいました。

すると今日
この話しを紹介して下さった方が写メを送ってくださいました。

さか井さんのご主人の笑顔が、とても嬉しいです[かわいい]
さか井さん.JPG


是非、おいしいお寿司と、そして賢治の絵に会いに
すしの「さか井」さんへいらしてください[るんるん]

「すし さか井」さん
札幌市中央区南2条西3丁目13 パレードビル1階

また
この十数年、ずっとお世話になっております
レストラン 癒月(ゆづき)さん
北海道小樽市銭函1-23-2銭函駅から西へ徒歩約2分です。

こちらにも、続いて賢治の絵を展示しております。
これから夏[晴れ]
海が見えるレストラン[るんるん][るんるん]素敵ですよ[るんるん][るんるん]
http://www.hotpepper.jp/strJ000257001/

生きているだけで精一杯…なんて聞くと [今を歩みつづけるはなし]

若い子が
「生きているだけで精一杯」と言っているのをよく聞きます。
そんな文も、よく目にします。

理由は様々で
きっと、それは、本当に大変なのだろうと思います。

ただ、それは残念ながら、
「何かを乗り越えたら、必ず解放されるよ」とか
「こうしたら、もっと楽になって必ず苦しみから解かれるよ」と
言ってあげられないのが、事実だと私は思うんです。

何を乗り越えても、また次の試練はやってきます。
楽になるために、工夫したり、努力すると
それはある程度、生活に変化は出ますが
また次の試練はやってくるんです。

私の人生は、自分の努力だけではどうすることも出来なかった事を
人様の手をかりて、助けてもらって
やっと
50歳から、人並みに睡眠時間を得られるようになりました。

でも、
やっぱり、様々な試練は、今も次から次にやってきます。

[ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]

「病気に甘えるな!」「障がいに甘えるな!」

これが私の信条です。

賢治はもちろん、保身のために、自分の病気や障がいを使いません(笑)
親である私も、
賢治が見た目にはっきり障がい者とわかるようになる前は
賢治がやらかしてしまうトラブルに
毎日、こめつきバッタのように、人様へと頭を下げて謝罪してまわり
そして賢治の療育に走り回りました。

その努力は、病気の進行に追いつきませんでしたが
私は、今まで一度も
保身のために、賢治の病気を口にはしていません。

保身って・・・[ダッシュ(走り出すさま)]大事なのもわかりますが
誰かの何かを守るために、
誰か別の人を傷つけても構わない。。。とは思いません。

[ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]
人はそれぞれ違う!
もともと、これは私が声を大きくして言っている事です。
でも
嘘をついてまで自分に都合の良い事を言うとか、
自分の価値観に合わないものは排除しても仕方ないとか
それは全然「人はそれぞれが違う考えを持っている!!」というのではなくて
ただのワガママです。

性別、国籍、宗教、年齢、障がい、
様々な違いを互いに認め合うところから
互いの意見を聞き合おうという意味で
人はそれぞれが違うという視点に立たなくちゃ
と思うのですがね。。。。

[ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]

私は、いつも、生きているだけで精一杯です。

試練をひとつ越え、ひとつ解決し、ひとつ泣き寝入りをし、ひとつ抱えたままもうひとつを迎え。
そんな人生です。

だから
死んで楽になりたいと思うことはよくあります。

↑こんな事を言うから、娘から
不安定で、心の弱い母だと言われました(笑)
でもね
もし、私が本当に弱い人間なら・・・
私は、今日まで生きてはいないわよ。
それか、死ぬ勇気もないほど弱い人間なのかな?

ひとりは障がい児。ひとりは海外へ留学。
ケースは違うけれど、どちらも、試練を多く迎える子たちでした。
女の手ひとつで、こどもをふたり育てるには、
男社会に流されてはいられませんでした。
母の私が、このふたりの子を守るには
いつも、男社会の常識や、世の中にはびこる偏見、差別。ひとり親としての孤独、不安。そんな日々と戦かいながら、
自分で判断して、自分の足で歩いて行かなければなりませんでした。
なんて言うと、言い訳がましいのですが
だから私は
言うべきところでは、強く自分の信念を語れる強さがあると思っています。

昨日、ちょうど電話で話した人に
大人泣きしながら言いました。

私は、(あなたが思うような)良い子ちゃんではいられない。
そして
(あなたが望むような)自分でモノを考えずにいる、おバカちゃんでもない。と

情けない。。。。
私が守りたいのは、もう既に充分高齢の 父と母。
私自身を守りたいのではありません。

結局
私は弱いのか? 強いのか?

いつも、生きているだけで精一杯な気持を一番奥に押し込んで
別の何かを優先して
保身になんて走らずに
強い風の中を歩いてきた女を・・・・・
古い世代の男性は嫌うのでしょうね。(苦笑)

もう充分に、私は疲れています。
それでも私は自分の信念を語ります。
それは
私の声は、私が出すしかないから。

誰かの言う「正しい意見」は、
誰かが「正しくない」と言う意見と
結局は同じ
ひとりの人間の声なのですよ。

前しか向かねぇ♪ [今を歩みつづけるはなし]

現実を受け止めて
日々、歩き進める[手(グー)] [るんるん]前しか向かねぇ[カラオケ]ってAKBだって歌っているもの。

誤嚥(ごえん)の検査を受けました。
これで、たびたび熱を出していた理由がやはり誤嚥性肺炎とわかりました。

スタッフさんの人数が多い〜
誤嚥検査1.JPG


普段の食事(ペースト食)に造影剤であるバリウムを混ぜてX線を照射しながら、飲み込み具合を見ます。
10年前にも誤嚥の検査を受けていますが
あの時は、細いカメラを口の横から入れて、
ちゃんと飲み込んでいるかをカメラで撮っていたように記憶しています。
あたり前ですが、10年で医学は随分と進んだのですね。

10年前の検査では、誤嚥はほとんど心配ないと診断されて
無事に真駒内養護学校の高等部へと進むことが出来ました。
雪の多い真冬の2月、猛吹雪の日に
学校の先生、寄宿舎の先生が同行して下さって、診断結果を聞いて、みんなでホッとしたのを懐かしく思い出します。


こんな感じで、照射です。
誤嚥検査2.JPG


飲み込む様子が見られます。
誤嚥検査3.JPG


今回の結果は
水分をそのままあげるのはダメ[ふらふら]とろみを付けて
そして食べ物の粘度もドロリとさせて
などなど、誤嚥しない工夫を要求されました。

お水をごくごくと飲める幸せなんて
あんまり意識したことは無かったけれど。。。
今から7年ちょっと前
重症肺炎で気管の狭窄が見つかって、大きな選択を迫られた時
賢治に食べる楽しみを残す[手(グー)][手(グー)]と決断したのですから
今回も
前しか向かねぇ[手(チョキ)]
胃瘻(イロウ)は作らない[exclamation×2]
賢治が大好きな食事[レストラン]
ヘルパーさんや、施設の皆さんにはまたまたお手数を掛ける事になってしまうけれど
みんなの工夫と愛情で[揺れるハート]
賢治の介護は、振り向かない、立ち止まらない、前を向くんです[手(グー)]
胃瘻→お腹に穴をあけてチューブを通して、そこから、水や栄養を流すもの。


そんなことで
明日はGW中にもかかわらず、ほとんどのヘルパーさんが、賢治の新食形態と食介助の研修に集まってくれます。

賢治が皆さんに愛されていることが母親として嬉しいです[揺れるハート][ぴかぴか(新しい)][揺れるハート]
そして
賢治ってスゴいな[グッド(上向き矢印)]と、改めて思うのでした。

春の発作の中 絵を描いたのです [今を歩みつづけるはなし]

前の日記の祈り[ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]は、むなしく[わーい(嬉しい顔)]

やはり、春の笑い発作がやってきました〜〜[ふらふら]

この5日間、一睡もしていない賢治です。

私がピアノレッスンをしている部屋にまで聞こえる[あせあせ(飛び散る汗)]
大きな猫が鳴いているような[猫]みぃゃぁ〜 という賢治の声(笑い声のような叫び)[あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)]

この[猫]みぃゃあ〜[グッド(上向き矢印)]を一晩中叫びながらの笑い発作なので
夜勤のヘルパーさんは大変[たらーっ(汗)][たらーっ(汗)]

そして賢治本人も大変[たらーっ(汗)]

食事中でも笑い発作がくるので
発作がおさまった瞬間に口にご飯を入れて
飲み込む前に笑い出したら、唇を閉じて飲み込ませなければ
危険だし、ご飯を全部流しだしちゃうし。。。。

ただ
毎回書いていますが
笑い発作は、発作の中でも、見ていて、まだ楽です[わーい(嬉しい顔)]
本人は辛いのでしょうが[ふらふら][ふらふら]

さて
お昼寝をすることもないので
今日は絵を描きました。

絵を描く前の精神統一??
精神統一.JPG


久しぶりに描くんだよ 嬉しい[るんるん] うれしい[揺れるハート]
描くよ1.JPG


では、始めます。(賢治の指にご注目 笑)
こちらをご覧ください.JPG


描きかけのままだった大きな絵をふたつ
ノリノリ1.JPG


「まだ描く?」の問いかけに大きくうなずく賢治
三枚目、四枚目、そして五枚目の小さめ絵を描いたところで
賢治は「まだ描く! まだ描く!」をアピールしましたが
こちらの方でストップしました。

描きたいパワー満々で、手の動きが大きいです。
顔を叩かないように、ヘルパーさんが脇の下に手を入れて
右手が顔へ向かったら止めます。

のりのり3.JPG

ノリノリ2.JPG


本日の作品
乾かしています。この続きはまた今度ね。
2016年4月3日作品.JPG


描き終えました。
ヘルパーさんが顔叩きを止めてくれたので
ちょっとの顔の汚れで済みました。
描き終えて1.JPG


楽しかったよ[黒ハート]
満足そうな賢治です。
やり終えた感.JPG




もうすぐ春 [今を歩みつづけるはなし]

このごろ
私が賢治にカメラを向けても
嫌な顔をせずに
良い顔をしてくれるようになりました。

絵画展のプロフィール用に画像が要るんでしょう?といった感じでしょうか???笑
FullSizeRender.jpg


寝起きで機嫌の良い顔の賢治
IMG_5126.JPG


これから
春の発作が出ませんように[ぴかぴか(新しい)]
元気にすごせますように[ぴかぴか(新しい)]


賢治のこのごろ [今を歩みつづけるはなし]

けんじ 二月.JPG


[かわいい]いい顔しています[かわいい]

低気圧の夜は、眠らず[あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)]完全徹夜でヘルパーさんを困らせたり

鼻水たらして泣きながら、リハビリ頑張ったり

まったり、ゆったりと居間のCDプレーヤー♪で音楽を聴いたり

このごろ、絵は描いていないけれど
充実した日々を送っています[るんるん]

2016バレンタインデー [今を歩みつづけるはなし]

今年もこの日[揺れるハート]バレンタインデー[揺れるハート]を迎えました。

昨年も書きましたが
バレンタインデーは賢治の命が[ぴかぴか(新しい)]救われた日[ぴかぴか(新しい)]のうちのひとつです。

何度も、何度も
命が危ない状況に立っても
賢治は必ず[手(チョキ)]生きる[手(チョキ)]を貫いて踏ん張ってくれています。

今年のこの日は、甘〜いバレンタインデーじゃなくて[あせあせ(飛び散る汗)]
低気圧でちょっと怒っている賢治です[たらーっ(汗)] 笑

名称未設定.png


棒を折ろうとしています[台風]「低気圧は嫌いだ!!」そんな元気な賢治です。



たった◯年前なのに [今を歩みつづけるはなし]

たった5年前
・・・なんて言えるのは
私が53歳だからなのでしょう(苦笑)[たらーっ(汗)]

たった5年前は(当時は48歳)
私はこれからの人生も
ずっと賢治を介護しながら、出来る範囲でピアノの仕事をして
それでも
やがて、幼い頃からの夢を叶えるであろう優香の舞台を観に行くことを生きがいに
この
制限の多い生活をそれなりに楽しんで生きて行こうと思っていました。

賢治が眠らない夜は
介護をしながら賢治の横で
このブログを
朝日が昇るまでさかのぼって読んでは
うん[手(グー)]
頑張った[exclamation]
頑張った[exclamation×2]
誰も褒めてくれなくても
私は満足している。
いつも精一杯に
自分の目の前にある何かと真正面から向き合って
人生を歩んできたと
自分で満足している。と自分に言い聞かせていました。

人生は思いがけないことがあるから楽しい☆とも言います。

賢治の介護をヘルパーさんに頼める生活が来るなんて[ぴかぴか(新しい)]
ピアノの仕事を、(介護の)時間を気にせずに、私の仕事としてできるなんて[るんるん]
近くのコンビ二にすら行けなかったのに、こんなに外出できるなんて[車(セダン)]

たった5年しか経っていないのに・・・・
私が約30年近く失っていた自分の時間を再び得て

あらっ
私、53歳になっていたのね[あせあせ(飛び散る汗)]
この現実に、少しだけ悲しさを覚えています。
でもきっと、10年後は
あの53歳の時はまだ出来ただろうに、今はもう63歳だから…
20年後は、もう73歳だから…
と思うのでしょうね。

53歳に出来ることは確かに限られています。
もう、AKBのオーディションは絶対に受けられません[わーい(嬉しい顔)]

何かをはじめようとするのに
「遅い」は無いハズなのだけれど
現実には
やっぱり「遅い」はあるわけで

本当に人生ってあっと言う間に過ぎてしまうから
今の若い人たちには
一年、一年がいつもチャンスの時よ。と伝えたいです。

私のように、育児が介護になって、ついでに親を介護しなければならない歳になってしまう例もあります。

間違っても良い。
くじけても良い。
でも、夢をあきらめるのは、年老いてこの世を去る最期にして
チャンスの数が多いぶん、夢も多く持って生きてほしいです[ぴかぴか(新しい)]

賢治のこのごろ [今を歩みつづけるはなし]

急に熱を出したり、
熱が下がってホッとしても
また熱[あせあせ(飛び散る汗)]で。。。と前の方の日記に書きましたが…

[かわいい]元気な賢治[かわいい]
えがお.png


[るんるん]ヘルパーさんと絵を描いたり[グッド(上向き矢印)]
絵をかいた.png


でも[たらーっ(汗)]

熱…  酸素濃度が下がって[あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)]
酸素マスク.png


16日の日に入院しました。
今のところ深刻な状況は全くありません。
体力をつけて。
自己免疫力を上げて。
病院にて.png


クリスマスまでにはニコニコ元気になろうね。[手(チョキ)][グッド(上向き矢印)]


この夏の その4 [今を歩みつづけるはなし]

指談の講演に行ってきました。
言語のない賢治。
でも、
心の中にはいっぱい言葉があると思います。
それを外へと出す方法として
今回は、柴田保之先生の講演と実践の会へ行きました。
スラスラと賢治の指談を読む先生。
ヘルパーさんや私がそれを会得するにはまだまだ時間がかかりそうですが
何事も
やらないより、やろう[手(グー)]の精神で
勉強して行こうと思います。
左の頭は賢治 真ん中の頭は私 右上 柴田先生
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この夏の その2 [今を歩みつづけるはなし]

今年の
「とまこまい脳外科」受診です。
高橋義男先生の診察室入り口扉は
相変わらず、患者のみんなの掲示板[グッド(上向き矢印)]
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先生、[揺れるハート]嬉しそう[揺れるハート]
賢治[たらーっ(汗)]シャキッとしてシャキッと[パンチ]
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お約束のオヤツはしっかり先生から受け取った賢治です。
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それでも、CTやMRIを撮るのが1日がかりだった頃に比べると
大人になったよね、賢治。
不随意運動を抑えることとか、記憶することとか、色々と課題はあるけれど
賢治の脳は
綺麗な・・・・景色[リゾート]や花[かわいい]や女性[キスマーク]を見るだけで
活性するような気がする
短絡的な母でした[わーい(嬉しい顔)]

今日はお疲れちゃん。
これからも頑張るよ[手(チョキ)]賢治
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あと35時間!!! [今を歩みつづけるはなし]

このブログでもよく書いています賢治の脳外科主治医 高橋義男先生。
その漫画本「義男の空」のプロジェクトが
   あと35時間で終了となります。
目標に達成しなければ、このプロジェクトは実現しません。

https://readyfor.jp/projects/yoshio_no_sora


***************************************************************************************
以下は漫画本を製作しているエアーダイブさんのWEBからのコピーです。
***************************************************************************************

全国の小学校へ義男の空を寄贈プロジェクト!!
********************
残り 3 日 !!!
目標額まで、あと 60万円 !!!!!

現在「漫画『義男の空』と諦めないことの大切さを小学生に届けたい!」と、クラウドファンディングのプロジェクトに取り組んでいます。(https://readyfor.jp/projects/yoshio_no_sora
そのプロジェクトの残り挑戦時間が<あと3日間>となってしまいました。
【7月2日(木)午後11:00 までです。】

クラウドファンディングとは、最近になってだいぶ一般的になってきた資金調達の仕組みで、インターネット上のプロジェクトページを通じて、自分のプロジェクトについてプレゼンをし、たくさんの人々に比較的少額の資金提供を呼びかけ、共感を頂いたみなさまからの支援を基に、そのプロジェクトを実行するというものです!

エアーダイブで挑戦しているクラウドファンディングは、【All or Nothing型】という方式をとっているため、掲載期間中、一定額を集めるのに成功した場合のみ、そのプロジェクトの実行が決定します。

ですので、目標額に100%まで到達しないとキャンセルになってしまい、(到達しなかった場合、全額返金になります)プロジェクトをスタートすることができなくなってしまうというものでもあります。

私たちの場合は「「漫画『義男の空』と諦めないことの大切さを小学生に届けたい!」というタイトルでプロジェクトを立ち上げています。

みなさまからご支援頂いた支援金の使用用途は、「義男の空」の第1巻を東京の特別支援学級がある小学校565校へ届けるために活用しようと考えています。この本を手にとってくれた子ども達に、どんなに難病でもどんなハンディキャップがあろうとも、子ども達は努力している、そしてそこには無限の可能性があり、決して諦めないのだという、高橋義男先生のメッセージを届けたいと思っています。

現在、ラストスパートということで、今、メンバー一丸となって頑張っています!
どうか、目標額に100%到達すべく、皆様のご協力をいただけないでしょうか?

【あと3日間で、残りおよそ60万円です!絶対に達成させたいのです!!】

何卒、応援どうぞよろしくお願い致します。なお、プロジェクトについての様々な思いについては、プロジェクトページにありますので、ぜひご覧ください!


▼もしよろしければ、可能な応援方法で応援していただけないでしょうか?
・出資という形での応援→クレジット決済が基本ですが振込も受け付けておりますので、ご連絡下さい。
(URL) https://readyfor.jp/projects/yoshio_no_sora

・ご自身のフィードorご興味ありそうな友人へのシェア
(この文章にメッセージを付けてシェアしていただけましたら嬉しいです)
(URL) https://www.facebook.com/yoshionosora.jp

・がんばれという応援
(がんばれ!の一言だけでも、力をいただけます)

どうぞよろしくお願いいたします!

思い 想い  [今を歩みつづけるはなし]

前の記事で書きました、私たちが受ける札幌市の助成金は、
木村邦弘さんというかたが、
亡くなった息子さんの労災給付金を「さぽーとほっと基金」に寄与なさったものです。

精神障害者の生活や自立を支援する、精神保健福祉士のお仕事をなさっていた、邦弘さんの息子さん、弘宣さん。
その施設入所者に刺されて亡くなった事件から、まだ一年と少しです。

昨日、木村邦弘さんのお宅へご挨拶へ行って参りました。

お家へうかがって
まず、
この事件で亡くなった息子の弘宣さんと、今の私より若い年齢の時に、若年性認知症を発症されていた奥様(弘宣さんの事件の後にご逝去)の遺影が並ぶ仏間にて、お線香を上げさせていただきました。

お話しを聞くにつれ、お父様が、悲しみや怒り、憎しみに浸らずに、
どうすることが、一番、故人の遺志を引き継ぐことになるだろうか?
自分はこの悲しい事件を、何の改善に役立てられるのか、
何を、世の中や、現在のシステムに問題提起するべきなのか。
このように
・・・推し量るに余りある、つらいお気持ちを整えて、
障がい者の自立支援に関して、積極的に活動なさっていらっしゃいます。

人の人生は色々で
人の数だけある。。。とは思っていましたが

自分の感情を整理するだけでも大変な、小さな私には
そんな感情を乗り越えて、他の人を救いたいと思える
木村さんの大きな想いに
ただ、ただ頭が下がり、
助成金として使わせて頂けるこのお金が、どれほど、人の想いが詰まったものなのか
改めて、責任と感謝の思いと、そして私も微力ながら、何かをしなければ!!と感じました。

木村さんに関しての毎日新聞の記事がありますので
是非、弘宣さんの立派な人となり、そしてご遺志、お父様が進んでいらっしゃる今の道をお読みください。

http://mainichi.jp/shimen/news/20150225dde041040027000c.html



"みる・きく・感じる"三人展 助成決定!!! [今を歩みつづけるはなし]

紀伊国屋書店 札幌本店で
7/24から30日まで展示する
"みる・きく・感じる"三人展

この事業を主催するのは
「障がいという名の才能あふれる芸術家たち〜生涯学習の旅〜事務局という団体で
会員は私たち、障がいのある芸術家の親、きょうだい、そして、支援者です。

昨年の秋から、この団体の概要、活動理念、予定事業の意義、予算、期待できる効果etc...
をまとめて札幌市へと申請して
そして4月中旬に
最後の関門、プレゼンテーションへ行って参りました。

そして、先日、結果が出て、今年度の札幌市ほっとさぽーと基金の助成対象事業に選んで頂くことができました[手(チョキ)][手(チョキ)][手(チョキ)]

PA制度を始めたときもそうでしたが
お役所に提出する書類は、私にはとても難しくて
毎夜、書類をテーブルの上に広げては、コンピューターとにらめっこ[ふらふら][あせあせ(飛び散る汗)][もうやだ~(悲しい顔)]でした。

ただ、今回この作業を通じて
[黒ハート]良かったなぁ[黒ハート]と思うことがあります。

私たちが、自分の仕事とは別に、個人のライフワークとして、障がいのある我が子の才能を信じてサポートしている数々は
自分や我が子のためダケじゃない[手(グー)][手(グー)]
社会へ向けて、声をあげているんだ[手(グー)] その声とは
社会が、みんな優しく、みんなが互いを認め合って、そして、みんなが幸せと感じられる将来を信じるもの[ハートたち(複数ハート)]

そんなことを私自身が再認識できたことが、とても良かったです。

まだまだ、障がい者に対しては
マイナスイメージだけを持っているかたが多い社会です。
この機会に是非
彼らの芸術性に驚いてもらい
障がい=不幸  ではないと
多くのかたに気がついてほしいと思っています。

みんな同じ人間 [今を歩みつづけるはなし]

The Huffington Postより
この動画を皆さんに見ていただきたくて
ここに載せます。
どうぞアクセスしてご覧ください。

http://www.huffingtonpost.jp/2015/03/06/psa-love-has-no-labels-skeletons_n_6820616.html?utm_hp_ref=japan

「みんな同じ人間」なんです。

「Love Has No Labels」(愛にレッテルはいらない)
これをタイトルにして

love has no
 
           gender (性別)
          race (人種)
          disability (障がい)  
          age (年齢)
          religion (宗教)

このメッセージがスクリーンに映し出されます。
差別や偏見が、無意識のうちに、人の価値観の中で確立されやすい社会なのかもしれません。
だからこそ
いつも、このような動画を見て
自分の価値観はどうだろう?と自分を試してみたいと思いました。
そのたびに
心を動かされ、
純粋な愛に触れた時、涙を流せる人間でありたいと思いました。

人はひとりひとり違うけれども、
人は皆、同じ人間
と思える生き方をしたいと思います。

がんばれ賢治 [今を歩みつづけるはなし]

あんなに元気に絵を描いた その夜から
ぜぇぜぇ ゴホゴホ
一睡もせず苦しんで、お昼にはぐったり
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しばらく酸素を吸って、楽になって眠りました。

この日は言葉のアトリエ、クッカさんへ賢治も行く予定でしたが
残念[あせあせ(飛び散る汗)]

優香と私で[車(セダン)]

クッカさんでは
[かわいい]手作りキャンドルの灯りと賢治の絵画とクリスマスの物語[かわいい]

image1.JPG

かわぃぃ〜キャンドル[揺れるハート]
作り方を教えて頂いて、初めて作りました[グッド(上向き矢印)][るんるん]
楽しかったです[るんるん][るんるん]

賢治の絵について少しお話しさせていただきました。
IMG_2536 のコピー.jpg


優香と
image2.JPG


クリスマスの物語は河原多恵子さんと、鎌田強さんの朗読でした。

クッカさんへ行くと
あちらこちらから「いい声」の会話が。
アナウンサーさんの声ってどうしてあんなに素敵なんでしょう。
周りの皆さんの声を聴くだけで、うっとりして帰ってくる私です。

ところで
この前賢治が描いた絵
IMG_2503.JPG

一回目なのに、こんなに描かれています。
エネルギー使い過ぎちゃったのかな?

賢治[手(グー)]今度はしっかり食べて、眠って、自分の体を元気に戻すのを頑張ってね[わーい(嬉しい顔)]

優香の留学話しから [今を歩みつづけるはなし]

少し前のこと

長年お世話になっている、元高校英語教師のY先生と
アメリカへの留学経験のあるRさんと
これから留学に行く大学生のK子ちゃんと、お母さん
そして優香と私
そんな6人で中華料理店でワイワイやりました。
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留学も短期ならば楽しい思い出だけ[手(チョキ)]という人も多いようですが
長期留学経験者Rさんと優香の口からは
楽しい経験、貴重な経験が語られたのは勿論ですが
「キツかったぁ〜。」
「くじけそうな事が何回もあった。」
「とにかく帰りたいと思った頃があった」
「ホームシックの時、日本にかけた国際電話料金が高くて〜高くて〜」(今のようにインターネットで無料で話せる手段はありませんでした。)

はじめは、ただ、英語が話せない日本人
というだけで
学校の同世代の子は容易に、
弱い奴をコミュニティーに見〜つけた! ! そんな感覚だから
仲間はずれにされたり、とても低く扱われたり、また人種差別もあり、めげることも多かった
などなど
過ぎた留学経験の時間に、共通の苦い経験を持っていました。


「いいな〜優香ちゃんは留学できて」

あの当時、優香世代の子は、簡単にこの言葉を口にしていました。


確かに貴重な経験です。
でも
お金や現実生活に余裕があって"語学"留学したわけではありません。
"語学"のフォローは無い芸術高校留学です。
また、日本に残る理由はたくさんあり、それでも行くという現実でした。
遊び じゃない、学び なのに
その学びを求めることに、後ろ髪を引かれ、罪悪感すら感じて渡英しようとしていた16歳の心を思い返すと
子供は大人の事情によって困難を与えられてしまうのだなぁ〜と申し訳なく思いました。

留学して何かを得られる確証はなし。
若い、その肩に、たくさんの重みを背負っての留学でした。

一般的に留学と聞くと
優しい人たちに囲まれて、その国の言葉がわからなくても誰かがサポートしてくれたり、ホストファミリーなどに守られて
海外ライフをエンジョイしているイメージが多いのでしょうか?

でも実際には
長期留学の場合、困難が多くて、卒業することなく途中で日本へ帰ってしまう子は多いようです。

優香は
私の場合は、泣いて帰れるような家庭環境じゃなくて良かった[あせあせ(飛び散る汗)][わーい(嬉しい顔)]
と言いました。
親の私は、[あせあせ(飛び散る汗)]良いのか。。。???すまないねぇ〜[ふらふら]という気持ちです。

私は
優香が日本で休暇を過ごして、また来期へと渡英するたびに
飛び去る飛行機を見ながら、千歳空港でいつも泣いていました。

私自身の寂しさよりも(私の近くにはいつも賢治がいてくれましたから)
優香の大変さを想像しての辛さが大きかったなぁと、あの頃を思い出します。

イギリスの高校生活での人間模様を
優香はピラミッドに例えて説明しました。
よく話しを聞くと、ピラミッドじゃなくてダイヤ型の角錐なのだと思います

てっぺんには皆から憧れの対象となる、ごく少ない高校のスター☆がいて
真ん中に一般的な人がたくさんいて
そして、そこから下には
あまり好まれない人たちや、とても劣っているとみなされる人たちがいて
そんな階級社会がはっきりと学校にあるそうです。
それは多分
芸術学校(ダンス科、演劇科、ミュージカルシアター科の高校)という
個性の強い子の集まる学校だったせいもあるでしょう。

イギリスの高校にあたる課程は二年間です。(イギリスの義務教育は16歳まで)
日本で高校の普通科を一年間履修して、二年生の夏からイギリスへ行った優香は、合わせて三年間半の高校生活を送りました。
イギリスでは、この二年間を自分の専門性を見つけ、どんな大学に進んで、より、専門技術を身につけるか? を問う時間としているようです。

優香はまだ英語がわからない状態でこの学校へ留学しました。
高校課程の一般科目の授業が午後まであり、その後に、専攻科の授業が夕飯の時間前までビッシリあります。そして寮の相部屋で眠り、翌朝、朝礼からはじまり〜
二年間、とても狭いコミュニティーの中での生活しかありません。
授業で何かをグループでやるときは
それぞれが所属階級のようなものをわかっていて集まるという具合で
グループならばまだ、どこかに入れても
一番キツかったペアを組んでやる時は
優香とペアを組もうとする子がいなかったそうです。
優香は自分で言っていました。
「私はみんなから疎まれている人たちの、更に下、階級に入りさえしない下だったの」

ただ一人の日本人留学生。(優香の専攻科では)
英語がちゃんと話せないというだけで
どれだけ蔑まれたかわからないけれど
でも[ひらめき]
私は一番下にいることを逆に利用した[グッド(上向き矢印)]と言います。
真ん中より下の人たちは自分の位置がわかっているので、なかなかスター☆には近付けないそうです。
でも、一番したの優香は、誰に気兼ねすることもなく
「誰も私とペアを組んでくれないの。困っているの」とスター☆のところへ、相談しに行っていたそうです。
スター☆は余裕があるので、日本人の蔑まれている優香の立ち位置など気にすることなく、
「あら、困ったわね」と取り合ってくれたそうです。

学校へは、親として私から、またガーディアンと呼ばれるイギリスでの保護者から、そして、日本で少し英会話を教えてくれていたイギリス人女性Lucyからも(後記の札幌人図鑑中に話しがでてくる女性です)
授業でペアで何かをする時に、優香がひとりにならないよう、教師はよく見て注意して欲しいと文書で送りましたが
結局は改善されなかったようです。

そんな荒波の中に私は娘を放り込んでしまったのね〜[あせあせ(飛び散る汗)]ただ、日本で気をもんでいるしかない〜[あせあせ(飛び散る汗)]
私はどうしたら良いのだろう〜[たらーっ(汗)]
でも、
今、途中で帰国したら、優香に何が残るんだろう??
将来への道を、大きくて広くて長くて・・・先に必ずある何かを目指して
そんなイメージでとらえてくれたなら
今のツラい経験でも、それをひとつずつ乗り越えたなら
何かが見えてくるんじゃないだろうか?
と希望を持ってくれたなら

そんな漠然とした親のエゴだけを胸に
私はあの二年間、入学式から、ソロ歌唱の発表、ミュージカル公演、聖歌隊公演、そして卒業式で、その年の最高音楽賞をもらっての歌唱披露も、、 なにひとつ、見に行ってあげる事は出来ませんでした。

その時期私自身はまだ、賢治を預けて優香のもとへ行く事など、全く出来る状態ではなくて、
日々の生活や、福祉の体制に将来への光が見つけられず、
まるでトンネルにいるかのような暗い閉塞感をおぼえて、
このトンネルには出口があるのかしら??と思いながら、がむしゃらに歩いていたものですから

娘にも
もーーー少し頑張れ[手(グー)]
と思ってしまったんですねぇ。。。。。。はい。[ふらふら]

大学には、世界各国からたくさんの人が集まっていましたから
こういう、いわゆる差別の経験は、高校の二年間で終わりました。
この高校時代の経験は彼女にとって、社会的弱者の気持ちを知る大きな経験となったと思います。
幼い頃から私と一緒に賢治を育てて、弱者といわれる家族を持つ者として、充分に心が育っていた優香に、更なる勉強が与えられたとは、何か少し皮肉です[たらーっ(汗)]

優香のブログで
札幌人図鑑にとりあげていただいたことを知りました。(笑)

ここです  http://sapporojinzukan.sapolog.com/e425729.html 

今だからこんなに明るく話せるんですね。
大変だったことやツラかったことは、大学時代にも、まだまだたくさんあるのを知っているけれど
結局、今振り返って
このように明るく、自身の糧となった日々として語れるあなたを
とても誇りに感じます。

はじめの一歩がスタート [今を歩みつづけるはなし]

旭川から大久保さんが
白老から田湯さんが
札幌へと来て、第一回目の会議。
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三人展会議1.JPG


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障害のある我が子を持つ母親三人。
三人が集まって話しをするときに、「障害」がどうのこうの・・・・の話題はないんです。
客観的に我が子以外の子の作品を見ては
三人、それぞれの子の作品に、それぞれ感動して
「アーティストの作品」
それ以外に言葉はないんです。

「この子たち三人の(作品の)パワーが集まったらどぅなるのかしら???
  紀伊国屋さんから、パワースポット以上の光が発光するかも[exclamation&question]笑」

どうぞお楽しみに[るんるん]

そして、この日の午前は、私、別の企画会議に行っておりました。
そちらも、来年2015年8月に開催の予定です。
具体的になりましたら、
ブログでご案内しますね。



四年前のブログ [今を歩みつづけるはなし]

2010年6月の記事を、四年ちょっと経った今
再びここにのせてみたいと思いました。

タイトルは
すべてにパーフェクトって そりゃ無理だべさ  笑。。。。

2010年は年明けから、賢治の重症肺炎があり、長い入院の中、命の危機を何度も迎え、手術に関しては、究極の選択を求められ
私は長い入院付き添いで心身ともに限界を感じ。。。。

2010年の2月頃の記事なんて、もうハラハラのサスペンスドラマ?(ん?ちょっと違うか?)見ているみたいに
スゴいです[わーい(嬉しい顔)]

などなど色々あって、
だから、それでもこの記事は少し落ち着いた時期に書かれています。

たった四年前?
もう四年も前?

とりあえず [手(パー)] お時間のあるかたは読んでみてください。
ずっとブログを読み続けていてくださるかたは、
ああぁぁそんな事もあったね[わーい(嬉しい顔)]と思い出してくださる事でしょう。

[ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]


まだまだ賢治の生活は安定したパターンで送れてはいなくて
それは
どう過ごすのが賢治にとって一番良いのか?を 模索しているからでもあり
また やはり
以前まで慣れ親しんでいた場所を失った穴をどう埋めるか??
受け入れ施設と話し合っては ちょっと進み・・・ また戻り・・・[たらーっ(汗)]
これを繰り返しています。

前回ブログに書いた新しいシステムへのトライも
気の遠くなるほどの届け出書類や契約や計画が必要[メモ]
なにより
人材探しの難しさ[ふらふら]

[ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]

人はそれぞれの場面で、関わる相手に対して
 『~するべき』であると望みます。
当然の心理です。

たとえば

私の[るんるん]ピアノ[るんるん]の生徒や保護者のかたは
私に対して、パーフェクト[手(チョキ)](笑)なピアノの先生を望む のが当然です。
ウチのピアノの先生の息子は 
重度障害で、今も重い病気を抱えているから
きっと大変だろう
だから
ピアノがおろそかになっても、そりゃあ仕方ないわ[手(パー)]なぁ~んて思ってまで
わざわざ、そんな先生の元へ習わせに来ません[わーい(嬉しい顔)]

病院[病院]やショートスティ先のスタッフさんとか、ヘルパーさんとか。
賢治を中心に考えてくださる方たちにとって
私は『賢治のお母さん』で
いつも賢治のことを第一に考えて、賢治を優先するべきと考えます。
これもまた 当然の事。
「やっぱりお母さんが一番ですよ」
「賢ちゃんとお母さんダケの時間も必要」
「賢ちゃんはお母さんにいて欲しいんだね」
「いつ何が起こるかわからないので、お母さんはいつでも連絡の取れる状態でいてください」
ぜんぶ 全部 当然の話し 当たり前の発想

私の両親の友人たちや両親のヘルパーさんたちにしても
両親は娘と一緒に暮らしているのだから
私が年老いた両親を
[病院]病院などへ連れて行ってあげるとか
[リゾート]どこかへ連れて行ってあげて楽しむとか
[プレゼント]プレゼントをあげるとか
いわゆる『親孝行』が出来るなら
それが望ましい
と思うのが当然で


たとえばお役所とか公的な立場の方々も
これだけ保護してあげているのだから
大丈夫でしょう?
と思うのが当然で


結局
私や 私の生活の
「部分」 「部分」 を見た場合
その部分の私に対して「~だから~すべき」と感じるだけで

私の背景から現状のすべてを 大き~く 広~く見て
そして 
小さなひとつひとつの問題に対処するには
私のすべて[猫]を知らなければならない事だから
それは
無理ってもので(笑)

じゃあ
トータルで誰が私をわかるのかしら?
という甘えた[バースデー]感情を持ってしまった時[わーい(嬉しい顔)]
私は孤独を感じる愚か者[もうやだ~(悲しい顔)]で(笑)

でもね
すべてにパーフェクトって
そりゃあ無理とわかっていても

例年通り7月に発表会[るんるん]
いよいよ追い込みに入りました。
ピアノ指導者として、私は何も言い訳のネタにしたくありません。
私の[ぴかぴか(新しい)]大切な仕事[ぴかぴか(新しい)]ですから[手(グー)]

今も毎日
賢治の母として精一杯の努力をしています。

優香の母として
直接何かをしてあげる事は今はほとんどないけれど
いつも彼女を想って
この先を考えています(ほとんど、彼女の足手まといにならない方法[あせあせ(飛び散る汗)] ってぇ情けない事ですけれど)

両親に対しても
何かを頼まれた場合
私は決してNOを言いません。
出来る限り希望に添えるように努力します。

ただ
私自身も知っているんです。
自分が思うほどの重い義務を
誰も私に望んでいないこと。
自分が頑張らなくちゃだめだ!!と思うほど
誰も私の頑張りを気になんかしていないこと
「優等生でいなくちゃ!!」
自分自身だけで勝手にピシピシそんな義務感を課せながら
なぜ
自分で自分を苦しめているのか? 
それすらも
自分で選んで、自らやっていることを自覚しているんです。

私って何なんだろぅなぁ~と思う事があります。
みんな
こうして生きているのでしょうか?

誰かに話したい
ただ 聞いてくれるだけでも良いから
「今日こんなカワイイ花[かわいい]を見たよ」
「昨日あんなに鮮やかな色だったあの花[かわいい]の色が、今日はあせていたよ[たらーっ(汗)]

「へーー」とか「ふーーん」とか
そんな返事だけでも良いから
私の頭と心の中の ちょっと悲しくて 難しくて 辛い 心配事のゴチャゴチャを 
大雑把にひとまとめにして
「なんくるないさぁ」(意味なく突然に沖縄弁.(笑))
と全部理解した人と
こーいう 
なんでもない話しがしたい
と思うと
孤独に涙がこぼれます

歳ですね(笑)

桜草.jpg
桜草は
「さくら」でもなく
英名の「Primrose」 の中に入っているrose 薔薇でもない
私の大好きな桜にもなれず
私の大好きなピンクの薔薇でもない

すごく私らしい花だなぁと思ったのでした

ああ・・・・・・
今夜は賢治が泣き叫んでいる。。。。。(>_<)

午前0時が過ぎました。。。。
賢治、泣きやむと良いな。
[ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]

[かわいい]あとがき[かわいい]

先日、長くお世話になっているかたから言われました。

頑張り過ぎるんじゃない。
自分の人生、自分が主人公なんだから。
そろそろ、もっと自分の事を考えても良いじゃない?

私より十歳程上で、娘さんをお持ちで、教職にあったかたから言われると
素直に
そうだなぁ〜と思いました。

でも、そのとき同時に私はこの記事のような内容とは別の厳しい現実の中にいました。

私の人生とは全然違った環境を歩んできた人たちと
価値観を合わせられず
自分が持ってしまった「異常遺伝子」が原因となって起こった問題に
どう詫びたら良いのか??
故意でもなく、過失でもなく
運命で持った「遺伝子」
それによって、我が子は充分に苦しんでいる
我が子以外の、いったいどこまで
私はその責任を負って、詫びて、償わなければならないのか?

自分が主人公の人生を考えたいと思える日が来る事を願って[ぴかぴか(新しい)]
頑張るしかない[手(グー)]

絵画展、また別の喜び [今を歩みつづけるはなし]

ピアノ教室を始めて21年となりました。
こどもたち、ひとりひとりの個性が、私には嬉しい刺激?とでも言うのでしょうか[かわいい]
幼い子から学ぶ、オトナの私の目からウロコ の価値観[目]
優しい気持ち[揺れるハート][揺れるハート]
素直な原点[ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]
この子たちはこれからそれぞれに自分の人生を拓いて行く[手(チョキ)][手(グー)]
それぞれに限りない可能性を持っている[グッド(上向き矢印)]
そんな生徒たちと触れ合うことで私は
賢治の療育、介護、看護に関しても同じようなモチベーションを保てて
[手(チョキ)]賢治、そして優香は限りない可能性を持っているんだ!![手(チョキ)]
と思いながら日々を過ごしていました。

絵画展に来てくれた私の最初の教え子たちです。
image.jpg

ひとりは3歳から高校卒業までという、最長記録[手(チョキ)]の生徒です。
ふたりとも、
私のひざの上にのってピアノを弾いたり
絵本を読んだり、手遊びをしたり。。。
思い出がたくさんあります。
あのころから21年が経って、こんなに素敵なレディになって
それぞれに仕事を持って
地方から、わざわざ賢治の絵画展に来てくれて
本当に[ぴかぴか(新しい)]嬉しいっ!!![ぴかぴか(新しい)]ありがとう[ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]
まだまだ、先生も頑張るからね[黒ハート]

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