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Kenji ぼくのうた vol.10」展示報告などなど [今を歩みつづけるはなし]

今年の「Kenji ぼくのうた vol.10」展示を終えて
事業報告の最後の書類を昨日郵送して[mail to]
ほっ[揺れるハート]
終わったわ[手(チョキ)]と一息です。

気がつくと10月に入っていました。

9/29, 9/30 の道新に良い記事が載っていたと、友人が知らせてくれました。
相模原の事件から二ヶ月の特集です。

とても「正しい」言葉がたくさん書かれています。

「生きること自体価値」
「互いを知って認めて」
「無知は差別を生む」
「この子(障害児)の発信を見逃していた自分に問題があったのだと恥じた」
「(強くて優秀が良しとされるが) 強い心はもっと強い風が吹けば折れる。風に折れないしなやかな心をつくってほしい」

読んでいて
そうだ、そうだ。うんうん。と思いました。
同時に
道徳心があり、善意の大きな多くの方々を含めて、
こどもからおとなまで
これらをどう実感してもらえるのだろう?と考えました。

人の気付きって、文字よりも、実体験、実感が伴うことが多いと思います。



今年の「Kenji ぼくのうた vol.10」展示の話しに戻ります。

今回の手応えは、今までと大きく違いました。
それはまず
会場が「かでる2.7」だった事が大きいと思います。
ここの上の階には、様々な福祉関係の事務所があります。
そして、福祉、医療系の会合が多数開かれています。
ですから、
普段、障がい者と関わっている人たちのご来場も多かったと思います。
もちろん
普段、障がいのある人と接する機会のないお客様も多かったと思いますが

「障がいがあるのに、頑張っているね」

「大変なのに、絵を描いてすごいね」

この、いつもは必ず言われる言葉が、今回は ほとんど無かった のです。

代わりにいただいた言葉は

「才能だね」

「これが天才と言うんだろうな」

「渡邊賢治さんにしか描けない、誰にもマネができない、模写もできない。こんな絵を見れて良かった」

「(新聞で見て、障がい者云々だったので)期待しないで来ましたけれど、驚きました。素晴らしい感性。才能を感じます。また、これからも彼の絵を見たいです。」

このように、ストレートな「絵」への評価、感想でした。

(私、賢治の親で、親が何の謙遜もなくこんなことを書くとバカのようですが、、、これはお伝えしたかったので、あえてそのまま書きました。)

一枚一枚の絵を、時間をかけて
語り合うように見て下さるかたが多かったです。

そこで涙を流すかたの姿も例年通りありました。
その涙のわけを、私は聞きませんけれど
。。
  障がいがあるのに頑張っている姿に涙した
                     。。
                 とは思えないのです。

みなさんそれぞれが心にかかえる何かと、賢治が描いた絵のどれかが
絵への感動という形で、心の深い部分でつながったのではないかと。。
かつて、私が色々と思い悩む中、賢治が描く絵に感動して救われたように。

賢治の絵を見る時、母の私は、
重度障がい者が描いた絵として見た事はないです。

私にとってこれは↑当たり前ですが、これを理解して頂くのには時間がかかりました。
今回のお客様の反応を見て、「やっとここまで来れた」と思いました。


賢治は
「絵を描く障害者」ではなく
ましてや
「障害があるのに絵を描いている人」ではなく

「人の心に届く絵を描く画家」なのですよね[ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]

最後に、もう一度、道新記事、相模原事件特集から 哲学者 萱野稔人さんの言葉
[ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]
出生前診断で胎児に障害が見つかれば中絶をする人が多い現実を前に
「重度障害者でも生きている価値がある」と言うことが、きれい事ではないと言い切れるだろうか。
「それぞれの人間に尊厳があり平等に扱われるべきだ」という理想
「お荷物は切り捨てたい」との欲求
個人にも社会全体にも二つの考えが常に併存する。
(ナチスの「優生思想」から、今もヘイトが繰り返されているのは) メディアや知識人がきれい言ばかり言い、憎悪に立ち向かうための議論をしてこなかったからだ。
特定の他者を「お荷物」と見なす感情があたかも存在しないかのごとく
「誰もが生きる価値がある」
と言ったところで説得力はない。
[ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]

そのとおりだと思います。

芸術は
人の心の、わりとニュートラルな部分で感じるように思います。

賢治の絵が、これからどのように社会で取り上げられて行くかはわかりませんが
私はしっかりと思いを持って彼の絵とともに歩かなければと思います。

今回、会場へ入る場所が二方向にありました。
何人もが、本当の入り口付近で
「あら〜〜〜」
「展示してある絵に惹かれて逆から見てきましたが、正しい順路はこちらからだったんですね。」
いえいえ
順路なんてどーでも良いんです。
絵を見たくて、歩き進めてくれることが何よりなんです。

こんな風に
誰かが、賢治の絵と出会って、
おっ!? と絵へ関心を持って
自然と
この絵の作者への興味も湧いて
そこで
あら、彼は重度障害者なのね、と知る

そうして
・・・だから〜なのね と腑に落ちてもよし
・・・なのに〜なのね と感心してもよし
ああ
この絵を見られて良かったと
彼の絵が評価されるのが
これが自然な「芸術」に対する心なのだと思います。


もし、
今、
ナチスドイツのような優生思想が広まったら。。。この絵は見られないのよね[わーい(嬉しい顔)][わーい(嬉しい顔)]