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相模原の事件

過敏に反応して話したくは無いです。
でも犯人の言い分を聞くと、思うところがたくさんあります。

それにしても

いつも、何度も書いている通り
本当に、障がい者=不幸 でしょうか?

むしろ
そう思ってしまう人に

知らないのね。本当の意味で。
経験が無いのね。本当の経験が。
だから、実感がないのね。

あなたが、彼らに
本当の愛の心を向けたなら、
彼らこそ、
あなたの愛を必ず受け止めてくれる存在。

と言いたいです。

糸賀一雄さんの  
「この子らを世の光に」
ご興味のある方は検索してください。

私は学生時代に授業で習いました。

今回の事件を受けて
テレビで「この子らを世の光に」をとりあげているのを見て改めて思い出しました。
私がこの25年ほどを歩んできた基本の思いは、あの18歳、19歳の学生の頃に作られたように思います。


私の息子は重複障がいの最重度ですが
とても愛おしいです。
生まれたときから愛おしかったです。
障がいがあるとわかった時、もっと愛おしくなりました。
そして、この愛というものは、息子が私に教え与えてくれたところが大きいです。

その障がいゆえ、生と死が隣り合わせの生活の中でも
ずっと、
それに怯える事なく
いつも希望を持って歩いています。
希望とは、
生きる楽しみのことです。
息子も私も
それぞれに楽しんで生きています。
息子と私、
互いの愛は薄れることなく、それは周りの人々へと伝わって
どんどん愛の輪が大きく膨らみました。
息子の存在はすごいです。


暗い暗い先の見えないトンネルの中を歩いているように感じたのは
血の通わない社会のシステムの中に置かれた時です。

たくさん声をあげると社会のシステムは変わっていきました。
新しいシステムもできました。

みんなで作るのが社会です。
みんなが豊かに幸せに暮らせる社会をつくるのが人の使命です。
息子がいたから、私は社会に興味を持ちました。

人は誰に教えられ、救われ、力をもらい生き進めれらているのでしょう?
息子の病気や障がいと向き合うことで、私は本来の怠惰な性格を直されました。
今の自分になれて良かったと思います。

息子の絵と出会えたのも
息子が障がいを持ったからだと思います。

息子に障がいがなければ、また別の生活があったでしょうが
私は今の生活、
そして
これまでの人生すべてに感謝しています。