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生きているだけで精一杯…なんて聞くと [今を歩みつづけるはなし]

若い子が
「生きているだけで精一杯」と言っているのをよく聞きます。
そんな文も、よく目にします。

理由は様々で
きっと、それは、本当に大変なのだろうと思います。

ただ、それは残念ながら、
「何かを乗り越えたら、必ず解放されるよ」とか
「こうしたら、もっと楽になって必ず苦しみから解かれるよ」と
言ってあげられないのが、事実だと私は思うんです。

何を乗り越えても、また次の試練はやってきます。
楽になるために、工夫したり、努力すると
それはある程度、生活に変化は出ますが
また次の試練はやってくるんです。

私の人生は、自分の努力だけではどうすることも出来なかった事を
人様の手をかりて、助けてもらって
やっと
50歳から、人並みに睡眠時間を得られるようになりました。

でも、
やっぱり、様々な試練は、今も次から次にやってきます。

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「病気に甘えるな!」「障がいに甘えるな!」

これが私の信条です。

賢治はもちろん、保身のために、自分の病気や障がいを使いません(笑)
親である私も、
賢治が見た目にはっきり障がい者とわかるようになる前は
賢治がやらかしてしまうトラブルに
毎日、こめつきバッタのように、人様へと頭を下げて謝罪してまわり
そして賢治の療育に走り回りました。

その努力は、病気の進行に追いつきませんでしたが
私は、今まで一度も
保身のために、賢治の病気を口にはしていません。

保身って・・・[ダッシュ(走り出すさま)]大事なのもわかりますが
誰かの何かを守るために、
誰か別の人を傷つけても構わない。。。とは思いません。

[ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]
人はそれぞれ違う!
もともと、これは私が声を大きくして言っている事です。
でも
嘘をついてまで自分に都合の良い事を言うとか、
自分の価値観に合わないものは排除しても仕方ないとか
それは全然「人はそれぞれが違う考えを持っている!!」というのではなくて
ただのワガママです。

性別、国籍、宗教、年齢、障がい、
様々な違いを互いに認め合うところから
互いの意見を聞き合おうという意味で
人はそれぞれが違うという視点に立たなくちゃ
と思うのですがね。。。。

[ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)][ー(長音記号2)]

私は、いつも、生きているだけで精一杯です。

試練をひとつ越え、ひとつ解決し、ひとつ泣き寝入りをし、ひとつ抱えたままもうひとつを迎え。
そんな人生です。

だから
死んで楽になりたいと思うことはよくあります。

↑こんな事を言うから、娘から
不安定で、心の弱い母だと言われました(笑)
でもね
もし、私が本当に弱い人間なら・・・
私は、今日まで生きてはいないわよ。
それか、死ぬ勇気もないほど弱い人間なのかな?

ひとりは障がい児。ひとりは海外へ留学。
ケースは違うけれど、どちらも、試練を多く迎える子たちでした。
女の手ひとつで、こどもをふたり育てるには、
男社会に流されてはいられませんでした。
母の私が、このふたりの子を守るには
いつも、男社会の常識や、世の中にはびこる偏見、差別。ひとり親としての孤独、不安。そんな日々と戦かいながら、
自分で判断して、自分の足で歩いて行かなければなりませんでした。
なんて言うと、言い訳がましいのですが
だから私は
言うべきところでは、強く自分の信念を語れる強さがあると思っています。

昨日、ちょうど電話で話した人に
大人泣きしながら言いました。

私は、(あなたが思うような)良い子ちゃんではいられない。
そして
(あなたが望むような)自分でモノを考えずにいる、おバカちゃんでもない。と

情けない。。。。
私が守りたいのは、もう既に充分高齢の 父と母。
私自身を守りたいのではありません。

結局
私は弱いのか? 強いのか?

いつも、生きているだけで精一杯な気持を一番奥に押し込んで
別の何かを優先して
保身になんて走らずに
強い風の中を歩いてきた女を・・・・・
古い世代の男性は嫌うのでしょうね。(苦笑)

もう充分に、私は疲れています。
それでも私は自分の信念を語ります。
それは
私の声は、私が出すしかないから。

誰かの言う「正しい意見」は、
誰かが「正しくない」と言う意見と
結局は同じ
ひとりの人間の声なのですよ。