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いちねんとちょっと前に [他愛のないまったりとした話]

前のほうの記事を読んで
友達が戦前の話しかと思った(笑)とメールをくれました。
確かに
私には当たり前の感覚が
今になってやっと当たり前ではないと知ることが多くあります。

男が偉くてあたり前じゃないんです。
何があっても暴力はダメで、我慢して暴力を受け入れるのは、当たり前ではないんです。
誰かは尊重されて、誰かが粗末にされても良いものじゃないんです。

いつも私が
障がい者の差別について、もっと考えて!!と訴えているように

もはや
幼くもなく
誰かの下でやっと生き存えているわけでもなく
世の中の「常識」をある程度分かった今の私は
過去の自分は救えなくても、
今の自分を自分で救わなければならないのだと思います。
ただ
自分を救うそれ以上に
年老いた親へと、この先に出来る孝行がどのくらいあるかと考えてしまう焦りがあります。

去年の夏に書きかけた記事がそのまま下書きフォルダにありました。
タイトルは「きょうだい」でした。

私には姉がいます。
事情があって、
姉とは一度も家族として一緒に生活をする事はなく
そして
オトナになってからお互いの存在を知りました。

私なんかの数倍、姉の生い立ちは困難が大きかったと思います。
でも姉は今
きょうだいという血のつながりで
いえ、
なによりも人としての愛情で私を助けてくれています。

賢治がお世話になる施設へ、母の私以外の親族の念書が必要だった時
賢治の父親はいませんし、年老いた祖父母ではダメで
どうしようか?と困っていた時に
姉という血縁として快く書類を書いてくれました。

私たち姉妹はきっと幼い頃から
違った場面ではあるけれど
"血のつながり"というもので
良い思い出のない育ちかたをしていると思います。
そんな私たちが今
このように繋がれるのは幸せな事で、私にとっては感謝の思いでいっぱいです。

私が自分の持つ賢治の病気の遺伝子の話しをした時
「もし、他の人から
身内に障がい者がいる人はイヤだとか、
遺伝したら困るなどと言われたならば
そんな人はこちらから願い下げ。
人として、そんな人とは関わりたくないというのが自分たち家族の考えだから、
みっちゃん気にしないで」
そう言ってくれました。

そして実際に
一番上の甥は結婚する時にお嫁さんを連れてきて
「いとこの賢治くんだよ」と紹介しました。
そのお嫁さんは、前の方のBlog記事に出てきています、さゆりちゃん。
さゆりちゃんは賢治と初めて会った時から、車椅子に乗った無言(笑)の賢治の手を取って
「賢治くん、よろしくね〜」と笑顔でした。
もう何年も前から賢治のヘルパーさんで、賢治もさゆりちゃんが大好きです。

二番目の甥もまた
結婚する時には同じくお嫁さんを連れてきて賢治を紹介しました。
この甥は、学生時代には賢治の絵画展の設営や搬出など、何度も絵画展の手伝いをしてくれていました。

きょうだいとして育った時間は無くても
姉は私を妹として温かく受け入れてくれて
そして姉の家族が
いつも優しくいてくれることに
もう感謝以外に何も言葉はありません。
ありがたいです。

人の優しさを心から感じる時はいつも
賢治のおかげだなぁ〜とさえ思います。

人として
本当に大切なものは何だろう?といつも思います。
特に今日
国会の動きを見ていて
「今」が戦前になるのかな?
民主主義は死に、
富める者、権力者と、
そうではないものとの二極化が進んで
結局は
どんなに理不尽でも、
利己的に利益を選んで富と権力を得た支配者に支配される世の中になるのかな?

人として
人の命を大切に思うこと
人を思いやって平和を願うこと
争うより、愛することをえらぶこと
こんなシンプルな大切なことが
利己主義(本人たちは気がついていないかも)な心の中では
簡単に消せてしまうのだな・・・


人として大切なことを大切と言える世の中であってほしい
と考えていました。