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長い夜に考える事 [他愛のないまったりとした話]

このところ
夜、眠れません。

ああ、今年もお墓参りに行けなかったな・・・



夜に考える事じゃありませんけれど。。。
昨年、そして今年。
私はまだお墓参りに行けません。
うちの母も、昨年からお墓参りに行くのをやめました。

今はもう、家長とか後継とか
そんな時代ではないので
かなり世の中、気楽になったのでは?と思いますが
私が育った時代はまだまだ家長にこだわるような考えが強くて

ですから
私なんぞは 女 ですから
物心ついた時から、
家族で祖父母の家へ行くと
祖父から
「美津子おまえは来なくてよい。なんで来たんだ?」
これがお決まりの挨拶でした。 笑

長男(父)の長男(兄)に対しては
「おぉ〜よく来たな、上がれあがれ。」
満面の笑みの祖父が兄を家にあげて喜んでいるスキに(笑) 
私はササッと、靴を脱いで、祖父の目の届かない台所の一角へと滑り込み
叔父達の中に紛れていました。

何を言われようと、どんなに嫌がられようと
一番歳の小さな私には、その扱いは
「世の中の当たり前なんだ」と感じていました。


「おまえは邪魔だ。なんで生まれてきたんだ?俺はいらんって言ったんだぞ。」
「美津子、おまえは学校なんて行かなくてよい。中学出たら充分だからな。」
これも何回となく繰り返し言われ続けた言葉です。
もちろん、言葉だけではなく
6歳上の兄ときょうだい喧嘩などしたものなら
祖父は顔を真っ赤にして激怒し
「兄ちゃんの言う事を聞けないやつはこらしめてやる」と私の手首をつかんで部屋から引きずり出される恐怖は今も覚えているほどです。

家の奥と物置の間に
鉄パイプで作った高い鉄棒がありました。
そこに「吊るしてやる」と私を引きずって行った時は、
さすがに私もめずらしく泣き叫んで「いやだ、やめて」を連呼しました。
祖父の手に握られた、私を吊るすための縄を奪い取り、私の手首を祖父の大きな手から外して、
「親父、わかったわかった、俺があとはやるから。戻って戻って」と助けてくれたのは
一番下の叔父だったのでしょうか?

最近になってこの話題が出た時
どうして父や三番目の叔父が、これを覚えていないのかが私には不思議でした。
でも、確実に覚えていた人がいました。
昨年のことです。

私は出戻りですから
兄が
「美津子は渡邊のあの墓に入るのか?」と聞きました。
私は
「入らないよ」と答えました。
「墓に入ってまで、いじめられたくないよな。ははははは」兄は大きく笑いました。

祖父が他界して30年もの時が経って、すっかり過去の話しとなったあの日々は
確かに笑い話しです。

ただ
私が幼かったあの頃
あれほどに、、、、王子と奴隷ほどに差をつけて祖父が兄と私を扱っていたことに
兄は気が付いていながら、
一度も私をかばうことなくいたのだと…
「墓に入ってまでいじめられたくないよな」…この言葉で私は初めて気がついたのでした。

祖父は晩年、癌に侵されて、最期までひどい痛みとの闘いでした。
「美津子、腹を押せ、もっと押せ、力入れろ!!」
痛みが来ると、祖父が私に命じる言葉は、まるで陣痛のように繰り返されました。
こちらも汗でびっしょりになるほどでした。

結局
最期を看取ったのは、祖父が、あれほどいじめ続けた、母と私でした。
私は二十歳でした。
「就職はいつでもできる、今はお母さんと一緒におじいちゃんの看病をしてくれ。」
これが私が父から受けた頼みでした。
同級生が幼稚園、保育園へと就職を決める中、私は『一般就職内定』と短大へは提出して
春からは毎日、病院へ。
それは長男(父)の嫁である母と、その家の娘(女である私)の当然の役割だったからです。

医師の宣告ではもっと長い闘病の予定でしたが、祖父は4月のうちに亡くなりました。
亡くなる前に
一度だけ
「美津子、すまなかったな」と祖父は言いました。
「そんなこと気にしなくて良いよ」と私は言いました。
祖父は最期に私へ「就職」のためのチャンスというプレゼントを与えてくれたのでしょうか?
それほどのブランクではなかったため、私は母校の付属幼稚園へと当時の園長先生のお気持ちに救われて、勤めることができました。

その祖父は、どれだけ兄を愛していたか
父が兄をとても愛していたように
あのころの社会って、男の子が大切だったんですね。
そして愛情表現の不器用さが、私を『いじめる』ことになってしまった祖父が眠るお墓に、私は…
申し訳なくて行けないのです。

あんなに愛していた兄が渡邊家を捨てました。
原因は私が障がいのある息子を持っていることです。

美津子
 なんで生まれてきたんだ? 俺はいらんって言ったんだぞ。

あの言葉は、こうなった今のために祖父は幼い私に言ったのでしょうか?

ご先祖様のおかげで生まれてこれたと感謝している私や賢治の気持ちは
お墓に行かなくても届いているかしら? と思う夏が
今年も過ぎました。



さて、夜が明けて明るくなってきました。
夜の暗さがほどけると、少し気持ちが楽になります。

少し眠れそうです。