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障がいが治る薬 [障害者の話し]

もし、障がいが治る薬があったら? 

昨日のNHKバリバラで
来週金曜日に放送予定のドラマの1シーンをやっていました。

障がいが治る薬があったら
欲しい!! と思う障がい者や家族はきっとたくさんいるでしょう。

"障がいが治る薬"っていう、この漠然とした感じがまた
個々が自分の障がいをイメージ出来て、、、、リアルな薬名じゃなくて[あせあせ(飛び散る汗)]
だから、そんな薬があったらなぁ〜と思わせてしまうのかもしれませんね。

どうして、障がい者やその家族は
障がいが治ったら良いなぁ〜と思うのでしょう。

重い病気を併発している障がいの場合は
一般的に、みんなが重い病気にかかった時に
"病気を治したい!!"と思うのと同じだと思います。

では、その障がいに
命を脅かすような病気がない場合でも
障がいが治ったらなぁ〜と思うのはなぜでしょう。

そのひとつに
社会に居て、うまく生きて行けないもどかしさを
当事者がとても深く感じている事があると思います。
逆にいうと
社会が無意識に与えている障がい者差別が
当事者にとっては、どれほどの辛さがあるかを
社会が、心と頭でちゃんと認識していないから
障がいのある人は生きにくいのだと思います。

障がいが治る薬は
世の中の価値観を変える薬なんじゃないでしょうか。

二十年以上
色々な障がい者、そしてその家族と関わってきました。
息子が障がい者だからこそ、深く関われたコミュニティーです。
これらの経験は私の価値観を大きく広げてくれました。
私はこの人生を歩めて本当に良かったと思います。

今年は
親戚からの"絶縁メール"を受けて
その理由が語られる中
いっぱい嘘をついてまで
賢治の存在
それと関わりたくないという気持に

"この人たちにとって 人としての 心って? 情って?"

それを探しましたが見つけられず
折り合いをつけることも出来ず
私は
自分の息子を負のブランドのように名指しされ
優香の仕事を非難され(障がいのある弟を隠さず、人様に私生活をさらしているという主旨)
そして
年老いた親を悲しませてしまい
私はどこまで償うべきなのか
罪悪感で
大きなダメージを受けてしまった年でした。

悲しかったです。
高齢者を敬うまではいかなくても
せめて
自分のために、高齢の祖父母が北海道から東京へ来てくれたこと
それだけでも
「ありがとう」なのではないかと思いました。
たとえ自分なりにどんな言い訳があっても
高齢の祖父母を無下に扱う理由は無い
と私は思います。

きっと
何年経っても、この悲しみは消えないでしょう。

私たちを排除したこの人たちにも、同じように
自分がしたことを
何年経っても、忘れないで欲しいと思います。

それは
ちいさな社会の自分たちひとりひとりが
当たり前に他に与えている様々な差別が
差別を受ける当事者にとって、どれほどの辛さがあるかを
認識して、自分の行為を自覚しなければ
社会は 何も 変わらないからです。

互いの違いを互いの個性として尊重すると
人は皆、生きやすくなります。

障がい者は世の中において
負のブランドではありません。

たとえ高級ブランドを身にまとっていても
自身の心をブランドで飾ることはできません。
素の心が美しい人には
負のブランド(のように思えるもの)も、高級ブランドも関係ないのです。

社会の差別。
それを受けた悲しみだけが、ただ残るのではなく
こんな出来事ひとつひとつを伝えることで
何かを社会に提起できているのなら

いつか悲しみは無くなり
社会には
差別観を自覚して、人としての思いやりを大切にした人間愛があらわれるのだと

そう願っています。