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人に伝えるために [障害者の話し]

今年も
賢治の絵画展を各マスコミさんがとりあげてくださいました。

これらの絵を描く 渡邊賢治 とは? を
どう伝えるか?
今回の絵画展が持つ意義を
どう伝えるか?

それは毎回、とても考えるところで
賢治の状況や環境は年々変わっていますし
テーマは生きる歩みの中で

一番お伝えしたいことをと考えています。


新聞記者さんは異動が多くて
長くて二年。
このところの個展では、毎回、担当記者さんが変わっています。

そして
読者のかたは
はじめて賢治の絵画展記事をご覧になるかたも多いわけですから
結局
病名、障害の重さ、ちょいとショッキングな余命宣告や心肺停止事件の事などをあげ
「とても大変な状態の中、絵を描いている、難病と闘う画家」
という内容におさまってしまいます。

まぁ
結果はそうであっても
私は毎回、これを伝えたい!!!という思いを持って
取材を受けています。

今年は言葉だけではなく、図を用意しました(=゚ω゚)ノ
メモ程度の走り書きの図です。
でも、記者さんにお話しする時にイメージしていただきやすいと考えました。
ふつうの構図 1 のコピー.jpg

真ん中に( 普通 )というサークルがあるとして
その、ずっと下に、障害者がいる
これが社会でのイメージと仮定します。

普通のサークルの真ん中には、線 があって(図中、黄色線)
そこが普通の並
線より上が、普通の上( じょう )
そして逆が、普通の下( げ )
ふつうの枠からは外れたくない
ふつうから外れる事はこわい
でも
ふつうの並より上へ行きたい
そんな欲のために、
人と比べて自分をはかる人が多いという現実があります。

みんな、それぞれの価値観で
私は〜だから、社会ではちゃんと『普通』に入っていて、みんなと違わなくて安心。
だけど私は◯◯だから
普通の中でも上
いえいえ、ある意味、普通のサークルを抜けて上( じょう )よ

プライドを高くお持ちの方もいれば

どうせ私は◯◯だから下だわ。この、障害者の枠に近いくらいよ
と自分を卑下する方もいるでしょう。

そもそも ふつうの枠とは何でしょう?
ふつう の線引きとは、具体的にどこからでしょう?

障害者の多くは確かに不自由ではありますけれど
社会の多くでイメージされるこの構図は、適切なのでしょうか?

人が生きる中で
何かの生きがいを持ったり、愛を与えたり受けたり、やりたい事を見いだして努力したり、夢を追う事、叶えること、破れても次の夢を求めること
そんな生きる命が求める気持ち(図中、赤線)
これは
例えばふつうの人でも、それ以外の人でも
同じではないでしょうか?

ふつう・・・なんて
本当は存在しない枠
(多分、障害が無い、五体満足とか、家庭環境が一般的かそれ以上とかが基本的な「ふつう」で、それ以外に、たくさんの理屈を付けて、逆に「ふつう」ではない者を作って、なんとなく「ふつう」があるように思っているだけだと思います)

大多数を占める、自分は「ふつう」以上と思うひとたち
少数の、それ以外のひとたち
マイナスイメージのマイノリティ(少数派)は、どんな社会においても決して強くはありません。
差別が生まれますから。

こんな社会

さて、あなたはこの構図をどう思いますか?

賢治は歩行が出来ません。言語がありません。自分で顔を洗うことも、トイレも出来ません。
でも、
生きがいがあります。
愛を持って人と関わり、人からも愛を受けて生活しています。
やりたい事をするには、とても制限があるけれど、自分の出来る範囲でそれを実現しています。
そして、多くのひとへと、夢を与えてくれる力を持っています。

障害者は、そんなに存在位置の低い者でしょうか?

これらを、少しでも多くのかたに考えていただきたくて
今回の取材では、このような図を使って説明をさせて頂きました。

紙面やテレビでは、ここまでテーマを深く掘り下げるのはとても難しくて(勿論、それは承知していました。仕方ないです)みなさまへお伝えできなかったので
ここに載せました。