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真実はひとつ byコナン君  [哲学かぃ?の話]

この4年
(サイトを開いている会社の都合で)閉鎖してしまった前のブログから現在
賢治を見守ってくださる方々へのご報告と感謝を込めて
私は
このような形で
その時々の画像載せてメッセージを書き記してきました。

それは
いつもいつも賢治を思い
「おばぁちゃまがあの世へ行くときは賢ちゃんの悪い病気、全部持っていってあげるからね」
とおっしゃる、血縁ではないけれど、まぎれもない賢治の心のおばぁちゃまへ
外出がままならないおばぁちゃまに賢治の元気な姿をネットを通して見ていただくためであり

私がどんな状況にあろうと、いつも私を肯定してくださって、そして私たちを見守ってくれる大好きな友人、知人たちへ であり

また、現実に賢治と関わり、賢治の成長を心から願って、ご自分のお仕事の中でその温かいお気持ちを実践して下さっている方々へ であり

そして
離れて暮らす優香への便り、メッセージ でもあり

私はこのブログを見てくださる方々が
善意を持って、ここを訪れ
温かい何かを持ち帰ってくださることを願ってこの4年を経ています。

さて、
表題の『真実はひとつ』by コナン君 (笑)

突然ですが
『真実』ってひとつじゃないんですよ。
と、私はある人から教えられました。


『人の数だけ真実がある』のだそうです

人は自分の記憶が正しいと思っています。
その記憶が、
たとえ事実とは違っても、
そうですね自己防衛本能とでも言うのでしょうか、
自分の都合の良いようにすり変えられた記憶でも、
人は自分の記憶こそ正しいと思うので、
それがその人の『真実』となるそうです。

皆さんご存知のとおり
私は模範的な家庭を作れませんでした。
でも私は、自分がこの道に進んだ理由、経緯、結果、
そのどれにも
私なりに納得出来る真実を持っています。
だから
私はそれで良いと思っています。
その、私の真実を、
私の視点で、私の口から
不特定の人にまで知ってもらおうとは思いません。

上に書いたような善意とは逆の人たちもいる悲しい現実
そういう人たちには・・・正直言って
私にとって かけがえのない宝
賢治と優香の姿を 
・・・・・・・見て欲しくはありません。 
でもネットというのは
誰の目にも触れてしまうことを覚悟の上で
それでも
私は私にとって大切な方々に見ていただきたくて
これを続けています。


人の口に戸は立てられない と言います。
実感する出来事がたくさんありました。





「あなたが美津子さんについて聞いたこと、
それが、たとえ100%真実だったとしましょう。
でも現実をご覧なさい。
彼女が
障害のある賢ちゃんを、
そしてこれから学費がたくさんかかるとわかっている、まだ将来が未確定な優香ちゃんを
自分ひとりの手で育てている現実
この現実だけで充分じゃありませんか?
言葉だけを受け取るのではなく
人として感じる心で
人を見ましょう」

こう言ってくださった方がいたと知りました。

私は感謝で涙が出ました。


人間の愚かなる習性、
本能と言うべきなのでしょか
『自分を守る』 こと

だから
人の数だけ真実があっても
ごく自然なこと

ただし
自分を守るために人を傷つけるのは論外

私を支えてくださる皆様へ
今日も感謝です。

そして
こんな母でも、
こういう現実に置かせてくれているおかげで、
母を救っている
優香と賢治に感謝。






コメント(7) 

コメント 7

らむじー

『人の数だけ真実がある』

そうかもしれない。
読みながら納得してました・・・・

そうだよね。
とても沢山の人がここを訪れてるんだよね。

美津子さんが限りなく真面目に真剣に生きてるのを私はよく知っています。
時々面白可笑しくコメントして話を脱線させてるのは私です(>_<)
皆さん、誤解なさらないで・・・・・


もっと楽な道を行こうと思えば選択肢は他にもあったかもしれないのに、賢ちゃんには絵を、優香ちゃんには歌を続けられる環境を作ってあげられる美津子さんはすごいと心から思います。
by らむじー (2008-01-09 23:36) 

PB4

生きてゆくために、自分が楽な記憶に塗り替えて思いこみ、それを口にして言葉とし、自分の耳で何度も確認している内に、それが真実、現実にあったことだと思いこんでしまえる機能が、人間にはあるそうです。
それだけ弱い部分を、持っているのが人間で、私もその一人かも知れません。けれど、悪意に満ちた中傷や虚言は、罪になるということを、知って頂きたいと思いました。もう美津子さんのように、前だけ見て歩いて行って頂きたいです。失望したくないです。
本当は、罪悪感につぶされそうな自分を知っていて、記憶の入れ替えで救われたいだけなのだとしたら、ご同情申し上げます。その方に。
by PB4 (2008-01-10 16:17) 

mitsuko

らむちゃん>
美津子さんが限りなく真面目に真剣に生きてるのを

ありがとうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ(TT)

限りなく楽天的かもしれません
真面目じゃない部分も多くて、優香からは「子供じゃないんだからちゃんとしなさい!」と怒られています。(笑)
ただ、『自分に恥じない行動』これだけは胸を張って、ちゃんとやってるぞぉ~!!と言えます。

いつもそばで私の事、何かと助けてくれるらむちゃんには、すべてお見通しか!(^^)
今年の公約、「ダイエット作戦」
まずはこれから守らなければ!!!必死
by mitsuko (2008-01-10 20:28) 

mitsuko

PB4さん>
人と人のつながりって、
結局は裸の気持ちと気持ちだと思います。
PB4さんと私が、こうして10年以上もの付き合いを続けているなんて、想像できない人もいるのでしょうね(笑)

人は善くも変わるし、悲しいことにその逆も。。。
誰かが道を逸れそうなとき、声をかけてくれるのが友人で
その声に素直になれるように
いつも自分を振り返れる強さだけは持ち続けたいと思います。
by mitsuko (2008-01-10 20:53) 

華音

ひとそれぞれがそれぞれ違う価値観を持って生きていること
それは、まさに『千差万別』『十人十色』というにほんごが古来語っていること

価値観や環境・背景が違うことが悪いのではない
また、その価値観の違いに違和感を持つことも、人間としてごく自然な環境なのだと思います
ただ、わかりやすい例として採り上げられるのですが
「あいつを殺したい!!と思うのは自由。だけど、それを実行するのは当然のこと、表現することも罪に問われる」
表現には”範囲”がありますが、法に触れる(実刑を喰らう)かどうかの他に
”ひととして”どこまで表現してよいか・・・・という「節度」で
そのひとの徳や品格つまり人間性、というものが測れるように思います

美津子さんが仰っているように
「誰かが道を逸れそうなとき、声をかけてくれるのが”眞にその人と向き合う”ということで、それに対していつも自分を振り返れる強さを培うこと」それができていれば、どんな言葉にも動じることがなくなるような気がします


生きていれば、あれこれと”知りたくもない”或いは”知る必要もない”つまらないことが耳に入ってきます
そういうことを耳打ちする人の品格も含め、いろいろな方の生き方を鏡とし、自分にとっての”たった一つの真実”を磨いていければ素敵ですね。。。
by 華音 (2008-01-12 21:04) 

華音

ごめんなさい<m(__)m>
「ごく自然な環境」→「ごく自然な感情」が正確な表現ですね




「人の数だけある真実」を自分のものと引き比べるのは人のサガ
胸に手を当てると、やはり、自分を正当化するために、他者を否定している面が皆無だとは言えません
逆に、他者との差異を無視して自分を肯定するだけでは社会的、常識的な生き方をしているとは言えないことも・・・・

自分を支える”自己肯定”と同時に、”他者否定””特定他者への攻撃”を”自己内省”する視点を持ち続けたいと思います
by 華音 (2008-01-12 21:11) 

mitsuko

華音ちゃん>
そうですね。
>胸に手を当てると、やはり、自分を正当化するために、他者を否定している
これは私にもあると思います。
この日記の内容自体、実は前々からの、私の中で消化できない思いを自己肯定の形であらわしたもの。
そして自分が知らぬ間に一人歩き?しているらしい『得体の知れない私』への恐怖を自己肯定の文にすることで得られる、幻(笑)の安堵感。

>生きていれば、あれこれと”知りたくもない”或いは”知る必要もない”つまらないことが耳に入ってきます
そういうことを耳打ちする人の品格も含め、>>に関しては

そう!確かに”知りたくもない”或いは”知る必要もない”こともありますが
たとえばこれを私に知らせる人はふたつに分かれると思うんです。
ただ興味本位で耳打ちする人。
我が身の事のように私と一緒に解決しようとする人。
の二者があって
私は何かあるたび、多くは後者の
私を気持ちのそばに置いてくれている友人の愛を感じます。
多分、私について何か他所で話題になっていたら
華音ちゃんは後者の立場で教えてくれるように
私の友人は私を信じて知らせてくれるのだと思います。

いずれにしても
弱いな・・・人間って。
だから人間、生きて行くんだよね
大きくなぁれ
おおきく ひろーくなぁれ
by mitsuko (2008-01-12 22:42) 

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